第100話:見た目が変わると中身も変わるとは

 ―髪の毛を染めたことがあるだろうか?


 ―カラーコンタクトを入れたことは?


 ―ピアスをしたことは?


 ―本当のタトゥーじゃなくても、タトゥーシールを貼ったことは?



 やってみると、それ自体は全然大したことじゃない。ただ、それを毎朝、自分で鏡で見る。茶色になった髪を。赤くなった瞳を。動きに合わせて動くピアスを。手首に貼られたどくろのシールを。


 1日での効果はそれほどでもないかもしれない。1日また1日とそれを繰り返して過ごすことで段々とそれが「当たり前」になってくる。


 1か月後、2か月後の自分が、変わろうとしなかった自分と同じ訳がない。



 スーパーバリューでも同じことが起きていた。かなり老朽化した店舗。ただ、スーパーとは元々安普請。鉄骨造だ。


 要するに、地面に鉄骨を建てて、外側には建材を貼り、内側にはボードを貼る。それだけでは、外気温がモロ影響するので、建材とボードの間に断熱材を詰め込む。


 簡単に言うとそんな感じ。


 つまり、外側の1枚と内側の1枚を張り替えるだけで、新品のようになるのだ。鉄骨が多少サビていたって、ボードの裏を見る人間はいない。天井もボードが吊ってあるだけ。1枚交換すれば新品になる。


「朝市」と「森羅」での利益を店舗の改装に使った。外から見えるところだけ。商品の棚などはそのまま。棚が新しくなってもお客さんは喜ばない。


 新商品を入れ、スパイスを入れ、お惣菜と弁当を変え、魚屋さんと肉屋さんが頭をひねって新商品を考えた。 


 お総菜コーナーのおばちゃん達は競って新商品を考えるようになった。新商品として「採用」という結果は「認められた」と感じるようだ。


 そして、自ら開発した商品には思い入れがあるようで、商品陳列に工夫したり、売れ残りが出ない様に独自に声を出してアピールしたり、目に見えて良くなっていった。


 こういう時に障害になるのが「価格」だ。


 どんなにおいしい弁当も食べないと味が分からないので、その価格の価値があるかどうか分からないのだ。


「試食」も一つの有効な手ではあるけれど、もっと直接的なコストダウンの方法がある。それは、実に簡単。安くしてしまえばいいのだ。


 通常、飲食店だと材料費は販売価格の1/3程度、つまり30%から35%程度に抑える。光熱費や人件費などが1/3で30%から35%程度。そして、利益を30%程度見込んでいる。


 ところが、スーパーのお弁当では少し違う独自の計算方法を行う。


 分かりやすく、1個500円の弁当を100個作るとする。1個当たりの利益は、500円×0.3=150円。100個作るのだから、1万5千円が利益となる……はずだ。


 そう。スーパーのお弁当は売れ残る。80個しか売れないとしたら、利益は150円×80個で1万2千円になる。そして、売れなかった20個は、材料費もかかっているし、光熱費だって人件費だってかかっている。そして、利益はないマイナスになるのだ。


 そこで、スーパーは午後6時とか7時、8時など独自に「これ以上はもう利益は見込めない」と思った時間で割引をする。


 ただ、この話をそのままに考えれば、30%引きは「利益なしでも損をしたくない」と考えた価格だと思えるかもしれない。


 実はそうではなく、最初から80個しか売れないと見込んで価格を設定するのだ。


 つまり、お弁当は100個作るけれど、利益は30%よりも高めに設定されていて、80個売った時点で目標の利益に達している。その後は、半額で売ったとしても損分を取り返すものなので、半額にしても店としては儲かるのだ。


 この「100個作るけど、80個で計算する」という考えは「マージン」と呼んでいる。


 因みに、スーパーバリューでは、上記の例に当てはめると、100個作っても65個くらいにマージンが設定されていた。俺はこれを90個に設定しなおした。


 ただそれだけで、同じ弁当の販売価格は下げることができる。価格が安いと弁当は売れやすくなり、作った100個が全部売れやすくなるのだ。


 マージンをどれくらいに設定するのが一番利益が大きいかは、日々、弁当を売った個数と販売価格を入力するだけで割り出すソフトを作ってもらった。POSシステムと連動させることで、入力の手間もなくなりお弁当の価格を決める材料として役に立っている。


 この辺りの単純作業は人間よりも機械の方が向いている。


 人間は美味しいお弁当、お惣菜を開発する方に力を入れたらいいのだ。



 *


 学校が休みの日や、早く帰れる日は、さかやさんもスーパーに顔を出す。毎日来ない分、来るたびに変化していくスーパーが楽しいみたいだ。



「なんか新しいお店みたいになってきましたね!」



 お客さんと一緒に俺と さやかさんと東ヶ崎さんで店内を回る。



「確かに。店がきれいになると、不思議なものでスタッフも掃除を頑張ります。みんな愛着があるみたいですよ」


「あ、社長! 新メニューが今日から発売よ! 食べて行かんね!」


「あ、おいしそう。試食でもハマりました。どうしよう、買って帰ろうかな……」



 あんたこの店のオーナーだろ。なにも買わなくても……


 しかも、新商品の試食会には さやかさんも出席している。若くてきれいということもあって、おじいちゃんおばんちゃんスタッフからも孫的にすごく可愛がられている。


 珍しい立ち位置のオーナーとなっている。



「スタッフはみんな、お店に愛着があるみたいですよ」


「ううう……私も負けないようにしないと……」


「さやかさんは、オーナーなので掃除よりも決めて欲しい案件があります」


「それは何ですか?」



 そう、ちょっと判断付きにくい案件があった。



「すぐ向かいのコインパーキングなんですけど、提携しないかと打診があったんです」


「いいじゃないですか」


「そのコインパーキングの隣には空地があるので、そちらを買うか、既にあるコインパーキングと業務提携するか……そんな感じです」



 調べてみると、コインパーキングを投資と考えた場合、利回りは3%程度だ。仮に、初期投資に2000万円使ったとしたら、年間の利益は60万円程度。2000万円も使った割に、年間利益はサラリーマンの給料の2~3か月分とそんなに大きくない。


 しかも、初期費用をローンで賄った場合、そこから引かれるので、年間の利益はあまり魅力的なものではない。


 それでもマイナスにならなければ御の字だろう。


 なんらかの理由で駐車場の利用率が下がっていくと、ローンの支払いの方が高くなってくるのだ。サラリーマンの投資として、手間はかかりにくいけれど、何かあった時に手を打ちにくいビジネス、それがコインパーキングビジネスだ。


 スーパーが近いので、お客が利用することを見込んだのだろうけど、スーパーに行くときに有料のコインパーキングを使う人は少ない。


 1円でも安い商品を探している時に駐車場代として100円払うのはバカらしいと感じるのかもしれない。その点、提携していれば店が駐車場代を払うことになり、客は利用しやすくなり、来店頻度が上がったり、1度に買う量が増えて行く。



「今は持ち出しを減らしましょう。業務提携で。でも、空き地は今後買いたいので、所有者さんと交渉を始めましょう」


「分かりました。東ヶ崎さん、お願いしていいですか?」


「承知しました」



 優秀な人がいると話が早い。



「あとは、お惣菜の部門が好調なので、更にアイデアを出したいんですけど……」


「スイーツを出しましょう!」


「え?」


「このお店には、お弁当は美味しそうなものがたくさんあるんですが、甘いものがありません! 出しましょう!」



 お総菜コーナーにスイーツ……どんなものが適しているのか!? 俺も相当スーパー回りしたけど、お総菜コーナーにスイーツ置いてある店は1店もなかったよ。


 コンビニには、弁当や惣菜の近くにスイーツが当たり前のように置いてある! 何十年も前にスーパーからコンビニが生まれたけど、逆輸入の考え。


 この発想力はすごい。当たれば革命的だ。



「早速、コンビニやケーキ屋さんを周って現地調査とアイデア出しなどを行います」


「私も行きます!」


「ん?」


「現地調査行きます!」


「はい」



 絶対、甘いものを食べたいだけだろう。でも、ちょっとデートみたいで楽しいのでよしとしようか。

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