第99話:スーパーバリューの改革とは

 このところ「朝市」に手がかかり、スーパー引き継ぎが疎かになりがちだった。


 さやかさんは、東ヶ崎さんと共に学校に専念してもらっている。


 俺は、スーパーバリューの控室にいた。忙しい時間も過ぎたので、ひと休憩。



「ハザマさん、ボスは来ないですか?」


「社長は学校だよ」


「ガッコー? Student?」


「そうそう」



 そう、ライさんはコンビニを円満退社して、スーパーバリューで働いてもらっている。


 コンビニを経験しているから、品出しとかも円滑だ。


 スーパーでは、おじいちゃん、おばあちゃんスタッフと話す機会が多いのか日本語もめきめき上達している。


 最初こそ既にいるスタッフ達は、肌の色が違うライさんに戸惑っているようだったが、ライさんの持ち前の明るさと、彼が持ってきた「手作りお菓子」が効いたみたいだ。


 ちなみに、今日も持ってきてくれている。彼は料理が好きらしい。



「ライさん、『お菓子』はネパール語でなんて言うんね?」


「『ミタイ』デス」


「ミタイね。ミタイを食べてみたいね。ははははは」



 おばちゃんはよくギャグっぽいことを言う。リアクションが取りにくい。


 ただ、こうして積極的にコミュニケーションを取ってくれているのは嬉しい誤算だ。



「このオレンジ色の団子はなんね?」


「コレはラドゥ。ガルバンゾーとギーをまるめてイタメます」


「ガル…なんとかはなんね?」


「ガルバンゾーはマメね。ギーはバター」


「おもしろーか味ばしとんね」


「シトンネ」



 なんかほのぼのしてる。


 ただ、ライさんの入社効果は大きかった。明らかに変わっていると目に見えるのだから。


 昔からいるスタッフもそれぞれ自分のできる改革を始めていった。


 俺としては、武道における「守破離」の考えではないが、まずはそのままスーパーを受け継ぎ、その後徐々に改善を、と考えていた。


 急な変化はベテランスタッフには付いてこれずに、不評だと考えていたのだ。


 ところが、外国人が一人入っただけで、片言の英語で話しかける人や、料理の話をする人など変化を楽しみ始めていた。


 そして、彼の最大の効果は……



「失礼しまーす!」


「ヤマグチさんいらっしゃーい!」



 スーパーバリューの控室に、見習いシェフの山口さんが来た。



「改善したカレー持ってきました! 食べてください! あ、狭間さんもいた! 狭間さんも!」


「俺はもう『おいしい』しか言うことないから いいですよ」


「ははは」



 ライさんはシェフだっただけあり、味覚が長けている。スパイスカレーが本場に近いかとか、日本人向けの味になっているかとか、判断ができる。その上、アドバイスまでできるのだ。


 さらに、ネパールから取り寄せていたスパイスは福岡では品質的にも中々手に入らない物もあり、値段はかなり安く直接ネパールから輸入できていた。


 そんなこともあって、スーパーの棚の売り場にスパイスを置いたら徐々に種類が増えていき、市内中のカレー店の人が口コミで買いにくるようになってきた。


 スパイスの知識もすごくあるし、味見してアドバイスも的確なので、ライさんに付いたお客さんもいるほどだ。



「オイシイ! ヤマグチさん、コレオイシイです」


「やった!」


「ヌパーみたいに、いくつかカレーをたべるならコレはPerfect。でも、ニホンジンみたいにイチドのショクジでヒトツのカレーのトキは、スコシだけオモイ。すこしサンミがあるとイイ。トマトのカンヅメのミだけイレマス」


「トマト缶の身だけね」 



 山口さんが真剣にメモをとっている。彼も最初と比べたら、目の色が変わっていた。独立するのがいいのかは別として、真剣に取り組んでいるのはすごくいいと思う。


 実は、ライさん効果はまだあった。


 本場のスパイスカレーを弁当にしたのだ。カレー3種類とサフランライス。850円と弁当にしては高いのだが、味が本格的なことと、カレー専門店の半額で食べられることが人気で売れている。


 一般客は3個とか4個とかをまとめて買って行ってくれているので、家族で食べるのかもしれない。


 大量のスパイスと一緒に買って行ってくれている人は、カレー店の店主かもしれない。弁当の方も買って研究しているのではないだろうか。


 そして、これにより従来弱かった弁当・お惣菜部門のおばちゃんが新メニューを作りたいと言い出したのだ。カレーに負けたくなかったらしい。


 前向きな気持ちは受け止めたい。


 試作を依頼すると、アイデアが次々出てきた。どうも昔、息子さんが高校のときに毎日 弁当を作った経験があるらしい。


 それが活かされているみたいだ。


 最初は、年配者向けに1人前の煮物のお惣菜なんかが多かったが、具だくさんおにぎりなんかが意外に人気になった。


 この「具だくさんおにぎり」が曲者で、おにぎりより具の方が大きいのだ。1人前の煮物とは全く逆の考えのお惣菜だ。


 息子さんの部活が始まる前に、ちゃちゃっと食べる用に作ったのがヒントになっていて、そんなにいっぱい食べなくてもいい年配者や、弁当だけではちょっと足りないトラックドライバーなどに人気だった。


 そして、お惣菜売り場が華やかになってくると、スーパーに入っている魚屋さんと肉屋さんが負けじと新商品とお惣菜を開発し始めた。


 魚屋さんなど、イカを焼いていたけど、このタレが人気で「このタレで肉を焼いてほしい」と言うお客さんのニーズに応えて、焼鳥を出し始めた。魚屋なのに。


 これがまた人気で売れまくってる。

 肉屋さんは、これに対抗するメニューを開発中だ。


 俺の頭の中では「ドミノ倒し」という言葉が浮かんでいた。ライさんが最初のドミノになって、良い方に倒れて行く。スーパーバリューは期待以上に変わって行っていた。




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