第98話:「入口」の影響とは

「朝市」の仕入れの一つは農家さんからの持ち込みだ。だいぶ常連さんができてきた頃だけど、新規のお客さんもいる。


 農家さんたちの朝は早い。農協の選果場が開くのが8時とか10時なのに、それより前に動いていることもある。


 どうも「入口」はオープン時間が朝6時からみたいだ。うちは買い取りの部署は選果場に合わせて午前9時にしている。


 そして、領家先輩の仕掛けが看板だ。


 真っ赤な看板は視覚的に目立つ。それだけじゃなく、「入口」という文字は看板がくりぬかれていた。


 そして、その看板の真裏に照明が準備されていて、道路のど真ん中に「入口」という文字と矢印が投影されているのだ。


 奇策だ。またしても奇策。


 道路に広告を表示させるのであれば、何らかの法律で規制されているだろう。そうでなければ、既に多くの企業がやっているはずだ。


 ところが、「入口」という店名で、店名の看板を掲げているだけなのだ。そして、看板を照らすと副次的に光が漏れて道路に投影されている。


 普通のライトではこうはならない。光は距離が離れるほど広がっていき、道路に文字を浮かび上がらせることなどできないのだ。


 強力なLEDなど指向性の高い光を使えば、広がらない光は存在する。道路に文字を浮かび上がらせることは可能だ。


 しかし、技術的に難しく、文字の大きさ、照明の位置、角度など条件があるはず。


 大学生の領家先輩にそんな難しいことができるのだろうか。できるとしたら、かなりの切れ者だ。そして、実際そこにそれがあるのだから、そういう前提で対処していかないといけないのだ。



「向こうも色々考えてきますね」



 買い取り部門のおじいちゃんスタッフのゲンさんだ。心配して早めに出てきてくれたみたい。



「確かに。なんで突っかかってくるんでしょうね? それが分からない」


「対策はどうしますか? 私は早起きだから、うちのオープン時間を早めてもいいですよ?」


「お願いしていいですか。俺の方は、負けない様に入り口が目立つように看板を新設します」


「そうですな。それもいいでしょう。ただね、狭間専務。真面目にやってるのが一番ですよ。地味で一番大変だけど、真面目にやってるところが一番安心なんです」


「そうですね。一応看板は新設しますが、うちはうちで変わらず真面目にやっていきましょう」


ゲンさんの言葉は、年季が入っていて重かった。



 ■「入口」オープンから 1か月後


 今日は、「入口」オープンから約1か月が経過した「朝市」での会議だ。俺と さやかさん、東ヶ崎さんはもちろん、光ちゃんと年配パート・アルバイト社員も参加している。



「『朝市』の売り上げをまとめましたけど、月平均より約15%の売り上げアップです」



 東ヶ崎さんの報告だ。彼女が調べたのだからデータの間違いなどはないだろう。



「売上げは上がってるんだ! 別に『入口』に売り上げを取られたりしてないんですね」



 心配だったけど、数値で見ると安心できる。



「『入口』のオープンと2日目のセールの影響を除いても10%アップなので、『朝市』にとっては売り上げアップで働いています」



 色々な「対策」で少しお金を使ったから、利益ベースではそれほどではないかもしれないな。



「次に『入口』の売り上げ予想ですが、市内中の新聞折り込みチラシに広告を出したり、オープニングイベントを週末ごとに開いているので現在のところまだ赤字だと思われます」



 新聞は昔に比べてあまりとられていないけれど、一定の年齢以上の人はまだ紙の新聞と取り続けている。そして、「野菜直売所」に来るような人と年齢層はマッチしていると見ていいだろう。


 ここも効果が期待できる作戦を取っていると言える。確か、福岡市内だけで全紙で約50万部弱配られているはずだ。

 チラシのデザイン、印刷、配布まで考慮したら1枚当たり5円くらいいくから、チラシだけで250万円とか使っている!?


 これを売り上げで取り返すとしたら、10倍以上売り上げる必要があるだろう。これはお店を認識させるために損得抜きで宣伝していることを示していた。



「みなさん、しばらく大変ですけど、臨時ボーナスも出しますので、今は堪えてください。あと、何かお隣の動きに気づいたら気軽に連絡ください」



 俺も毎日「朝市」に来れる環境にない。スタッフを信じて複数の目で見て、情報を密にしていくしかないのだ。



「専務、ちゃんと見張ってますから心配しなくていいですよ」



 流石、ベテランのゲンさん。その言葉だけで安心できそうだ。



「せんむー、お手柄になったらご飯ご馳走してくれるー?」


「ランチくらいだったらいいですよ。『朝市』のお店になりますけどね」


「ちぇー」



 光ちゃん、ネタだよね!?



「あと、気付いたことないですか?」


「はい!」



 「はい、ゲンさん」と俺が指名した。



「お隣は毎日朝晩、店長のあの若い兄ちゃんが表を掃除してますね。しかも一人で」


「一人なんですね」


「店員に話を聞いたんですが、店長以外はアルバイトらしいです」


「まあ、その点はうちとほとんど一緒か……」



 うちは社員もいるのだけど、アルバイトがメインは変わらない。


 変に真面目なんだよなぁ……毎日掃除。大学はいいのだろうか……まあ、俺が心配してあげることじゃないけど、なんかもやもやする。


 とりあえず、初月から、「朝市」に悪影響がないことが分かった。翌月以降も注意しながらこれまで通りやっていくことで話は締めくくった。

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