第97話:隣の店オープン

 今日は「朝市」の隣の店がオープンする日。結局、駐車場は個別に囲わず、続きにした。うちだって農協につなげてもらっている訳だし。


 つまり、隣の店と「朝市」は駐車場を共用している。


 オープンは午前11時。俺とさやかさん、東ヶ崎さんはこの日、朝9時から「朝市」で待機していた。


 領家先輩の店は全体的にシートで隠されていて、外観もうかがい知れない。大きさは、うちの店舗の1/4くらいだろうか。ちょうど、うちが拡大したかったくらいの広さだった。


 これで、道路から見たら、左から「領家先輩の店」「朝市」「農協」と3つの施設が並んだ場所になる訳だ。


 真ん中の「朝市」は増築を繰り返したので、現在では3つの建屋に分かれていて、左から「イベントスペース」「野菜の直売所」「飲食スペース」となっている。


 ちなみに、店の裏には電源とwifiとトイレを準備しているのでキャンピングカーなどが停められるようになっている。


 領家先輩の店は、道から入る部分に大きな看板が建つみたいだ。現在はそこにもシートがかけられていて、店名さえ知ることができない。


「大きな看板」それが彼の取った策だろうか。うちの店と同じ業種なのに、小さい店舗で戦えるのか……


 オープンのタイミングで看板と店のシートが外された時に彼の実力を知ることになる。



 *



 オープンの11時より10分前のこと。店舗と看板のシートが外された。驚いたことに、店の形状が「朝市」と似ている。まあ、鉄骨造の建物に外壁ボードを貼った建物なので、基本は同じなのはわかる。


 建物の高さ、貼ったボードがほとんど同じなのだ。「朝市」との建物間の距離も短いのでパッと見、「朝市」が増築した4つ目の建物に見えなくもない。


 そして、道側からまっすぐに見ると建物は「朝市」と別れているとすぐに分かるのだが、市内の方から走ってきたら、先に「領家先輩の店側」を通る関係で斜めから見ると、「朝市」と重なって1つの細長い建物に見える。


 さらに、その店名が「入口」という名前なのだ!


 店の入り口は赤く塗られすごく目立つ。入り口上に大きな看板で「入口」と書かれている。


 何も知らない人が見たら、「朝市」とつながった大きな建物の入り口が領家先輩の店の位置が「入口」だと誤解すようになっている。



「やられた! これは予想しなかった!」


「こんな方法が……」



 俺も さやかさんも驚きと呆れが同時に来た。一休さんなのか、諸葛孔明なのか、彼が周囲と市内にチラシを撒いていたらしく、とにかくこの日はお客が多かった。


「朝市」もてんてこ舞いだ。色々を警戒して店員を増やしていてよかった。



「せんむー、なんなんスか今日はー。お客さん来すぎっしょー」


「光ちゃん休憩取ってないでしょ? ここはさやかさんが代わるから休憩行って!」


「ありがとうございますー」



 年配のスタッフはある程度無理する前に自分から休憩を申し出るのだけど、光ちゃんはなまじ若い上に責任感があるので、休憩なしで頑張ってしまう。



「私もレジに入ります」


「助かります」



 東ヶ崎さんはレジ打ちもできる。今や野菜にも包装に貼られたシールに価格とバーコードも入っているので商品の金額を覚えている必要はなかった。


 例の農家さん向けのアプリを入れたタイミングでシールとバーコードを導入していたのが功を奏した。


 レジはさやかさんに任せて、俺は外の駐車場誘導をしないといつまでも駐車できないお客さんが出てきている。俺は外でひたすら誘導した。


 商品が次々売れ、在庫がなくなると自動的にアプリが農家さんに知らせる。それを見た農家さんが次々商品を追加に来た。品出しした傍から野菜が売れて行く。


 飲食スペースの方も、材料がなくなり直売所の方で買っていく。さらに商品がなくなり、また農家さんが納品に来る。これまでは何かのイベントをやる時はスタッフを多すぎるくらいに準備していた。


 多少過剰であっても臨時のアルバイトまで雇っていたほどだ。ところが、今回は漠然と警戒していたので通常スタッフを多めにしてた程度。臨時のアルバイトがいない。次々くるお客さんにてんてこ舞いだった。


 この日は営業時間を延長して対応した。営業が終わるころにはスタッフも飲食店の店員もぐったりしていた。



「お疲れ様でしたー」


「おつかれさまでしたー」


「せんむー、疲れましたー臨時ボーナスくださいー」


「そうですね。今日は売り上げがかなり行きましたから、全員追加支給します。額とかは後日お知らせしますね。今日は俺も疲れました。みなさん気を付けて帰ってください」


「「ありがとうございます」」


「やたっ! 言ってみるもんだねー」



 良いキャラだよ。光ちゃん。


 日が陰るころ、俺とさやかさんは店の外に出た。隣の店「入口」はまだ電気がついていた。


 俺はちょっと店を覗いてみることにした。店はガラス張りで中が見える。


 コンビニの2倍くらいの広さの「入口」はスタッフが既に帰り、領家先輩が一人でモップ掃除していた。真面目なんだよなぁ。ちゃんとしてるんだよ。



「さやかさん、俺 中に入ってきます!」


「あ! 狭間さん!」


「東ヶ崎さん、さやかさんと一緒に車で待っててください」


「承知しました」



 *



(コンコン)


「はい。すいませーん、今日はも閉店で……あ! 狭間さん……」



 少しやつれた感じの領家先輩。疲れた様子だ。



「や! 初日どうだったの?」


「すいません。今日、忙しかったでしょ?」


「そうだね。チラシのこととか今後は教えてくれたら助かるよ。うちもスタッフ多めにしていたけど、てんてこまいだったし」


「すいません。思ったよりお客さんが来てくれて……僕の方は商品たくさん準備していたんですが、5時の時点で品切れして後はひたすら駐車場整理してました……」


「あの、さ。店名とか看板とか、うちを利用した策を取ってるよね?」


「……はい。僕は狭間さんに勝って見せないといけないので」



 張り合ってくるなぁ。



「なんで?」


「それは……僕は狭間さんに勝って、高鳥さんに振り向いていもらうために……」


「……さやかさんのことが好きってこと?」


「それは もちろんっ!」



 何か変な受け答えなんだよ。



「また何か、企んでないよね? 彼女に何かあったら……」


「あれは、ホントにそんなつもりじゃなくて……」



 でも、その続きは言わない、か。



「とにかく、うちは手を抜かないから!」



 言うことだけはしっかり言っとかないと。



「……」



 返事はなし、と。


 俺はずっと感じていた「違和感」をよりはっきり感じるようになった。それについて、ある予想を立てて東ヶ崎さんに調べてもらうことにした。

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