第95話:彼女不在の時の訪問者とは


「狭間さん、今日の夜 ママが一旦戻るみたいです」


「え!?」



 いつものように、リビングで朝食の時間だった。ここの両親はいつも突然だ。


 色々忙しい時なのに……さやかパパといい、さやかママといい……さすがに余裕がなくなってきた。


 食事がのどに詰まるかと思った。



「ちょっと顔を見に戻るだけ、とのことです」


「ああ、娘と離れて暮らしていますからね。単身赴任ですっけ?」


「単身赴任はパパですよ。ママは出張です」



 さやかパパは何度か会ったけど、単身赴任だったか。それにしても、出張ベースのさやかママの方には一度も会えていないのはどういうことなのだろう。



「ママは……パパが大好きで未だにラブラブなので、パパの家を拠点に出張しています」


「……なるほど。それで」



 俺の顔に書いてあったんだろうな。「なぜ、会ったことないんだろう」って。



「それで、今日の夜は、『狭間さんはいるの?』聞いてきたんで、『います』って答えたんですけど、よかったですか?」


「はい。お母様にもご挨拶しておかないと……」


「娘さんをください的なイベント発生ですか!?」


「その場合、先にさやかさんに話さないとおかしなことになってしまいますよね」


「私は今からでも構わないですけど?」


「そんな喫茶店に行くくらいの軽い感じで済ませられないです」


「ぶーーー。今後に期待してます」



 さやかさんが冗談半分で頬を膨らませていた。



「お母さんってどんな方ですか?」


「うーん、パパのことが大好きで……ちょっと厳しい感じでしょうか」


「厳しいんだ。イメージと違った」


「あと、すごい負けず嫌いといいますか……」


「それもイメージじゃなかった!」


「どんなイメージだったんですか?」


「さやかさんのことを蝶よ、花よと甘やかす感じで……」


「それだと、私 相当わがままに育ちませんか?」



 そう言えば、彼女は誰に対しても基本敬語だ。厳しく育てられたというのはある程度本当かもしれない。



「当然、東ヶ崎さんも面識があるんですよね?」


「はい、私は元々清花様の部隊に所属していましたから」


「部隊!」


「あ、チームみたいなものです」



 そりゃぁ、何百人も何千人もいるんだったら担当ごとにチーム分けになるのかな……規模が大きすぎて想像が追い付かない。



 このところ、さやかさんと東ヶ崎さんは一緒に大学に行って、俺がスーパーの引継ぎをしている。


 表面的には何の問題もない。


 ただ、領家先輩はその後 全く動きがない。「朝市」の隣の店のオープンの日には何か仕掛けてくるかもしれないけど、それまで完全に沈黙だ。


 どうも違和感がぬぐい切れない。行動に一貫性がないというか……パズルで言うとピースがいくつも抜けている状態。なんの絵なのか現状では分からないのだ。



「とりあえず、今日は朝時間があるので二人を学校まで送っていきます。念のため帰りも迎えに行きますので、帰宅の予定時間が分かったらメッセージをお願いします」


「え? 今日、清花様がお帰りになるので、私はその支度をしませんと」



 東ヶ崎さんが答えた。



「さやかさんが心配だから、今日は学校を優先させてください」


「かしこまりました」


「夕飯は俺が作ろうと思うんですけど、助っ人をこの家に呼んでもいいですか?」



 さやかさんに確認してみた。



「もしかして、女の子ですか?」


「彼女がいない家に女を連れ込むって……」


「冗談です。構わないですよ」



 ニッコリしていたけど、ホントに冗談だよね?



 *



 この日は二人を大学まで送っていった。その足で、心当たりの2人に声をかけたら、たまたま2人とも都合がついてしまった。



「あのー……狭間さん、狭間さんは一体何者なんですか!? なんですか!? このビル!」



 一人目は山口さん。



「説明は難しいんですけど、まあ、彼女の家です。ちゃんと許可を取っていますので」


「はぁ……それでこちらの方は……」


「コンニチワ、ワタシはライです」


「誰ですか!?」



 そう、この二人に来てもらったということは……



「「カレー!?」」


「そうなんです。大事な人のために作らないといけないので専門家にお願いしたくて」


「それでこの材料……」



 ライさんにスパイスを持ってきてもらっている。



「じゃあ、僕が作り方を教えますね!」


「お願いします」



 昼には山口さん自慢のレシピのカレーができた。試食も兼ねて3人で食べることにした。



 *



「あ! うまい! 以前よりうまくなったんじゃないですか!?」


「分かりますか!? 更に研究してスパイスを増やしました」


「ライさんもどうですか?」


「オイシーです」



 肯定的な言葉に反して表情は浮かない感じ。



「ライさん正直に言ってみてください」


「クミンとコリアンダーをもうスコシふやします。レッドペッパーとジンジャーもイレます。さいごにガラムマサラもイレたいデス」


「え? そんなに!?」



 山口さんは驚いていた。確かに、スパイスカレーというとたくさんスパイスが入っているイメージだ。彼のレシピであるターメリック、クミン、コリアンダーを1:1:1だけでは少ないかもしれない。



「ジンジャーって生姜ですよね? そんな和の素材もアリなんですか!?」


「ジンジャーもよく使います。スパイスはなまえがたくさんアリます。ターメリックは『うこん』、これもジンジャーとオナジデス。コリアンダーは『パクチー』」


「そうなんですか!?」



 やっぱりだ、ここはカレーつながりで出会うと面白い化学反応が起きると思ったんだ。ビジネスにはつながらないかもしれないけど、ここにつながりができたら何か面白いことが起こりそうだ。



「ライさん、スパイスはどこで買ってるんですか?」


「ヌパーのトモダチが送ってくれます」


「ヌパー?」


「あ、『ネパール』ですよ」


「ああ」


「もっと色々教えてもらえませんか!?」


「イイですよ! おいしいカレーつくりマショウ」



 この後もライさんと山口さんのカレー作りは続き、スパイスカレーは更に複雑でおいしい味に昇華していった。


 結局、自分はほとんど出る幕が無かったのだけど、これでよかったのか……夕飯係は俺だったのだけど……

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