第94話:招待状とは

 さやかさんと東ヶ崎さんを後部座席に座らせて、俺は車を運転して市内の神社に来た。



 愛宕あたご神社。



 福岡市内で一番古い神社ではないだろうか。調べてみたら西暦72年って……約2000年前かよ。


 街中に突然山があって、その山頂に神社がある。神社のすぐ下まで車で行けるし、駐車場もあるので、苦労なく神社の境内まで行ける。


 まあ、愛宕山あたごさんは標高68メートルだから頑張れば階段でも上れる程度だ。ビルに例えるなら23階くらいの高さ。山というには大げさかもしれない。


 そこに、こじんまりとした神社。


 しかし、そこから見える海と福岡市内の風景は絶景。


 ここは、俺が良い事があったり、悪い事があった時に来る場所。子供の時から遊んでいたから知っているだけで、特別な場所という訳ではない。



「わぁ! すごくいい景色ですね!」



 さやかさんが嬉しそうに言った。耳のところで長い髪が風にもてあそばれるのを押さえている姿は、それだけで惹かれるものがある。



「海まで見える。あと、空が広い!」



 楽しそうだ。こんな言ってみれば何もないところに連れてきても喜んでくれる彼女は最高かもしれない。


 大人になってからは俺も、誰かを連れてきたことなんてない。だって、神社と景色しかないのだから。



「東ヶ崎さん、ハトのエサ売ってる。買ってみましょう!」


「いいですね。私 小銭持ってます」



 あ、そう言えばハトもいた。エサ捲いたらちょっとだけ寄ってくる感じ。子供の時は楽しかった。



「狭間さん! 見てください! ほら! 手に! 手に乗った! あー! 爪が痛い! 引っかかれてるー!」



 現在進行形でめちゃくちゃ楽しそうだな。俺も久々にハトのエサ買おうかな……


 いや、ここに来た理由は、現状を確認しようと思ったのだ。遠くの景色を見ながらぼんやりと……これだけ良い景色で広い景色なら、良いアイデアも……



「狭間さん! ほら! 両手に! 手乗りハトです! あ! 頭にも! 痛い痛い痛い!」



 さやかさんが気になって全然考えがまとまらない。



 東ヶ崎さんが、エサを持って さやかさんの頭の上のハトを誘って受け取ろうとしているのに、他のハトが東ヶ崎さんの腕に止まってエサを食べ散らかす。


 あー、片手に3匹も……さすがにあれは重たいんじゃないかなー。


 二人とも軽くパニックになってる。そして、走って逃げてる。でも、エサがポロポロこぼれているから、ハトが首を前後に振りながらすごい勢いで二人を追いかける。そのハトの数およそ30羽。


 もう全然面白くなっちゃって、悩みごととか何があったのかすら思い出せない。



「狭間さん! 助けてください!」


「私もハトはダメで!」



 両方から腕を組まれてしまった。うーん、両手に華。こんな状態のヤツがいたら、神様も力を貸してやろうとは思わないかもしれない。


 いや、愛宕山の神様は心が広いはず。どうか俺たちの前に立ちはだかる障害を取り除いてください。


 俺は、さやかさんと家でいちゃいちゃして過ごしたいだけなんだ。何も起こらない日常がいいんだよ。


よろしくお願いします。



 *



 二人が神社にお参りしている時、俺は一人境内のベンチに座って、ポケットからカードを取り出していた。



『店舗完成のお知らせ』



 オープン記念のイベントのお知らせのカードだ。


 「朝市」に届いたらしい。そう、「朝市」隣の領家先輩の店。よりによって野菜の直売所とのこと。店の広さで言えば、うちの方が4倍か5倍広い。でも、なぜわざわざうちの隣に店を作ったのか。


 絶対勝算ないだろ。集客の仕掛けを張り巡らせてるし、うちには既に常連さんもいるんだし。農家さんだってたくさん「朝市」に付いてくれている。


 気持ち悪さでいっぱいだったが、自分たちのこれまでの仕事を信じることにした。このイベント当日は万全の態勢でうちも応戦する必要がありそうだ。


 オープンの日付は2週間後。こっちはスーパーの引継ぎが始まって忙しい頃なのに……山口さんのカレーショップも完成していないし、鏑木総料理長からの頼まれごとも解決できていない。



「「狭間さん!」」



 二人から呼ばれた。何だろう。



「ほら! ハト! ついに捕まえました!」


「……可哀想だから離してあげてください」


「はーい」



 さやかさんが空に両手を広げる様にすると、さっきまで さやかさんの手の中にいたハトが羽ばたいて空に帰って行った。俺の心もあれくらい自由になれたら……


 今は目の前の二人の可愛さだけが俺の救いだった。

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