第93話:スーパーオーナー店長の病状とは
「よく来てくれたね。狭間さんと嬢ちゃん」
スーパーバリューのオーナー店長の家にお見舞いに行ったら、ベッドに寝転がっていて何だか覇気がない。
「店長が倒れた」は、まさに本当に倒れたらしく、ベッドから起き上がるときに手をついたら、滑って転んで鎖骨を骨折したらしい。
倒れたと聞いたので、最悪のことまで考えた。しかし、命に別状はなかったみたいで良かった。ベッドの横に座っているのは奥様かな?
さやかさんが、お見舞いの品として「朝市」で売っている焼き菓子を持ってきた。元気になってくれればいいのだけど。
「元気ないですね。ケガ酷いんですか?」
ちょっと心配になって聞いてみた。
「いや、私もね、ケガするし、病気になるんやなって……」
「そりゃあ、そうですよ」
「私はね、ケガも病気もこれまで全然せんかったから、ずっと元気って思っとったし、ずーっと死なんと思っとった」
「はは」
「狭間さん、うちのスーパーは後継者がおらんとですよ」
「そうでしたか」
「息子は東京に行って会社員して帰って来ん。やけど、お客さんに商品を売らんといかんし、従業ば食べさしていかないかん」
「そうですね」
「やのに、
「今は気弱になってるだけですよ。今は静養して元気になりましょう」
「そやけど、後継者がおらんのは変わらんけんねぇ」
こればっかりはねぇ……
さやかさんの方を見てみると、また嬉々としている。
あ、何かヤバいやつだ。この顔の後はとんでもないことを言いだすんだ。
「お話し中すいません!」
「なん?」
「あのお店、私と狭間さんに譲ってもらえませんか? お客さんも従業員一同さんも一切合切引き継ぐ形で!」
その手があった! その発想はなかった!
「狭間さんが……?」
平井オーナーが困惑してる。
「まあ、彼女がやるって言ったら、俺は必然的にやることになります」
「そーね。そーね、そーね。狭間さんが……よかね。でも、店ば売ったら、私はどうなるとね?」
「まずは、お金を受け取って、その後は私達にスーパーのノウハウを教えてもらいます。そうですね、肩書は『相談役』でいかがてしょう? お給料もお支払いします。あ、もちろん、お体の負担にならない範囲でお願いします」
「ほう、相談役ね。ケガが治ってもしばらく店で働けるったい!」
ここで平井オーナーの目の色が変わった気がした。問題は解決しつつ、まだ仕事がしたかったのかもしれない。
「できれば、各仕入先との顔つなぎもお願いしたいです」
「よかよ。
「ありがとうごさいます。あとは……お金ですね」
「あの店ば いくらっちゃ見る?(あの店の価値をいくらと見る?)」
「失礼ながら、借入れなんかは?」
「なーんもなか。いつもニコニコ現金払いたい」
「株数は?」
「100たいね」
「では……」
さやかさんが視線を少し上に上げて、しばし考えている。
「土地、建物は相場で。株は1株10万円で如何でしょうか?」
1株10万なら、100株で1000万。俺には高いのか安いのか分からない金額だ。
「……分かった。あんた達に売ろう。でも、株1万でよか。
平井さんはベッドに横になったまま頭を下げた。
「……ほんとにお店のことがお好きなんですね。分かりました。お約束します」
何かふらっと来て掘り出し物のコートを見つけたみたいな感覚で店ごと買っちゃったよ! さやかさん。
これまでの「仕入先問題」も一気に解決、しかも店のノウハウも手に入る。
その後 問題になるはずだった「出店場所」も必然的に決まり、固定客も獲得……一見すると良い事ばかり。
さやかさんの発想と決断力の早さの勝利だった。念の為、色々な調査や財務書類をコピーさせてもらったり、預かったりして持ち帰り吟味することになった。
この辺りは俺の専門外。さやかさんと東ヶ崎さん、もしかしたら、チルドレンも動いてくれているのかも?
帰りがけの車の中での会話でも……
「潰れそうなスーパーを存続させるって結構難しい課題ですね」
ちょっと不安になり、さやかさんに話題を振ってみた。
「でも、私たちはブラックの仲卸の会社を買い取って再生しましたよね。それに比べたら、潰れそうなスーパーを市内で一番のお店にするくらいどうってことないですよね」
目指すは市内一なんだ……地域とかじゃなく、市内一。「存続」ではなく攻めなんだ。スマホでちょちょいと調べたら市内にスーパーは250店舗弱。ライバル店は多い。
中々に大変な仕事だけど、さやかさんに言われると、なんかできそうな気がしてきた。わくわくもしてきた。
それでも最近、問題ばかり発生してて、何ひとつ解決してなかったから、精神的に気が楽になったのだった。絶対マヒしてきてるよね?
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