第92話:ライさんのカレーとは

 事前に電話連絡をして、ライさんの家に行くことになった。彼の家はアパートの2階だった。


 昨日会ったのに、翌日午前中からまた会うことになり、ライさんもちょっと困惑しているようだった。


 6畳ほどの畳の部屋。テーブルはなく、みんな床に座った。壁は緑色の砂壁だ。「The・昭和」という感じ。その日本的な外観に反して、スパイシーな匂い。他人の家のにおいだろうか。



「どうしました?」



 ライさんが訊いた。そりゃそうだよね。



「ライさん、コンビニの仕事はいつまで働けるんですか?」


「らいげつマツまでです」


「その後……私の会社で働きませんか?」


「カイシャ?」


「Hire you in my company.(あなたを雇います)」



 あ、さやかさんも英語上手い。なんか俺、劣等感。字が上手い人と外国語ができる人はそれだけで優秀に見える何かってない?



「Really?(まじ!?)」


「Make your salary better than it is now.(お給料は今よりはずみますよ)」


「Really!? what is my job?(ほんとう!? 私は何をするの?)」


「I will think about it.(考え中です)」


「ははははは。ダイジョウブですよ。ワタシはちゃんとはたらきますよ。シンパイしなくてもワタシはワタシのシゴトさがします」



 東ヶ崎さんが、同時通訳みたいな勢いで横から教えてくれているので、俺も会話について行っている。どうも、同情心で雇うと思われているようだ。かえってライさんに気を使わせる結果になっている。



「You have special gifts . Please work for my company.(あなたは何かひかるものがあります。ぜひ、うちの会社で働いてください)」


「My? Isn't our ?(あなたの? あなたが勤めている会社ではなく?)」


「I am the top manager of the company.(私が社長です)」



 ライさんが面白いくらい びっくりした顔でこっちを見た。「本当?」ってことだろう。


 俺はうんうんと頷いて肯定した。



「Ok, you are my boss!(雇われます!)」


「Welcome to my company.(わが社へようこそ)」



 ライさんの採用が決まった……みたい。どの会社に入れるかも、仕事内容はまだ決まってないけど……



「カレーたべますか?」



 ふいにライさんが言った。



「「カレー!?」」


「ワタシ、ヌパーではシェフでした」


「「シェフ!」」



 なんか、色々引き出しがある人だ。俺からしてみたら、昨日初めて会った外国人の家に行って、その人が作ったカレーをいきなり食べてる……


 日本人同士でも中々信用できる人じゃないとしないような行動をしてしまっている。



 ちょっとゴールドっぽいお盆の様なお皿……真鍮製かな? そのお皿に細長いお米のご飯と色が少しずつ違うカレーが3種類盛られた。


 日本のカレーとは明らかに違う。いわゆるスパイスカレー。「インドカレー」と言ってしまったら、彼はネパール人だ。「ネパールカレー」があるかどうかは知らないけど、とにかくスパイシーなカレー、スパイスカレーだ。


 日本のカレーと比べたら水分が少ない。ドロドロしていなくて「具」って感じ? 鶏肉のカレーと、ミンチのカレー、緑色のものは ほうれん草のカレー?


 ライさんは手で食べるみたいだけど、俺たちにはスプーンを出してくれた。断ることはできない状況なので、恐る恐る一口 口に入れてみると……



「うまーい! 独特の香りがスパイシー! うまいよ! ライさん!」


「はは、よかった」



 お世辞なしにおいしいカレーだった。



「『おいしい』はネパールの言葉でなんていうの?」


「『ミトツァ』だよ」


「ミトツァ! ミトツァ!」



 おいしいの言葉は日本語とネパール語では違うのだけど、おいしいと感じる気持ちと笑顔は世界共通だった。


 最近、急にスパイスカレーを食べる機会が増えている気がする。ただ、ライさんのカレーはダントツ美味い! 慣れない風味もあるのだけど、それもまた特徴とすら思えるほど。


 ちょっとずつ3種類あるのも嬉しい。色々な味を楽しめるのだ。ほうれん草のカレーとか意外だ。これもカレー?


 日本には「同じ釜の飯を食う」という言葉があるが、ライさんと一緒にご飯を食べたことで急激に心の距離は近くなった気がする。


 そして、今後この「ライさん」が複数の事象のキーパーソンとなっていくことは、この時まだ俺たちは予想すらしていなかった。

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