第91話:さやかさんの鑑定眼とは
ライ・ラプタさんに会った日、夕食後いつものリビングで俺とさやかさんはテーブル越しに向かい合わせで話をすることにした。
「何者なんですか、ライ・ラプタさん。どこがいいのか教えてください」
「うーん、直感と言いますか……うまく説明できないんですけど……」
「人を雇うということは簡単に解雇できないんです。もちろん、法律的には1か月分の給料を払えばクビにできますけど、日本ではタブー視されてます」
「はい……そこは分かります」
「それでも、採用したいんですね?」
「……はい」
「うーん」
「狭間さんは……反対ですよね?」
「反対……まではないけど、少しでも根拠が欲しいといいますか……」
意見がこんなに合わないのは珍しい。
しかも、「直感」と「根拠が知りたい」の平行線。
ここで俺が折れてもいいのかすら考えていた。超能力者じゃないんだし、直感がいつも当たるとは限らない。
なんの根拠もなく判断するのはやはり抵抗があった。
*
話は一旦保留となり、俺は珍しく夜の8時から酒を飲み始めた。深酒するつもりでも、怒っている訳でもない。
ひとり考えたいだけ。
さやかさんの会社だ。彼女の判断でいいのではないだろうか。
経営者の唯一の仕事は「決めること」。なぜなら、その判断が間違えていた時に責任を取ることができるのは、経営者だけだから。
俺は「専務」。社長じゃないけど、経営者の一人なのだ。
決めるためには、「判断材料」が欲しい。間違っているだろうか……
「珍しいですね。こんな時間からお酒なんて」
ローテーブルの方で飲んでいたら東ヶ崎さんが、声をかけてくれた。
「何かおつまみ作りますか?」
「いや、お気遣いなく」
「では、私も1杯だけご一緒していいですか?」
顔をあげると、東ヶ崎さんがオレンジチューハイの缶を持っていた。考えてみたら、彼女とお酒を飲むのは初めてだ。
「ありがとうございます。俺一人だったら酔いつぶれるまで飲むところだったかも」
「買いかぶりです。私はただ、久しぶりにパーっと飲みたいだけです」
絶対嘘だ。でも、気遣いは嬉しい。一人だと思考が暗い方、暗い方に行きそうだった。
「私が、お嬢様と最初にお会いしたのは、お嬢様がまだ5歳の時でした」
「え?」
「ちょっとした昔話です」
彼女の顔は少し笑顔で昔のことを思い出して……懐かしいような、なんだか嬉しいような、温かいような、そんな笑顔だった。
缶チューハイのプルトップを東ヶ崎さんがプシュっと開けた。彼女は指がきれいで細くて長い。プルトップを開ける仕草をずっと見てしまった。ただそれだけで絵になる。
缶に口を付け、のどが動くのを見たら何だかいけないものを見たような気がした。俺は少し目をそらして手元のハイボールを
「お嬢様のお世話係を決める面通し……というか、面接だったかもしれません」
「……」
「候補者は全部で6人いました。そこから、2、3人、もしくは全員採用される予定でした。24時間のお世話になるので、1人ではとても務まりませんから」
サウザントだっけ? 1000人に1人の逸材が6人も。
「それでも、お嬢様は1人だけ選びました。そして、決めるまで1分もかかっていなかったと思います」
……直感か。
「一応、不測の事態を考えてお嬢様のお世話係は6人全員教育を受けたのですが、結局お傍には一人しか……」
それが東ヶ崎さん……
「時々思います。本当に私一人でよかったのかって……他の者の方がもっとよくお世話で来たんじゃないか、とか。2人とか3人の方がお嬢様は快適だったんじゃないか、とか……だから、私はお嬢様の直感を信じたいんです。私自身を肯定するためにも」
「……」
なるほど。そんな過去が。
「実は、狭間さんの時も……」
「え?」
「狭間さんが以前、森羅を解雇されてしまった時でした。住所などお調べすると申し上げたのですが、分かる前にスーパーにいるはずと言って、学校を休んで飛び出して行ってしまって……」
そう言えば、俺を迎えに来てくれた日。出会ったのはスーパーだった。彼女の……東ヶ崎さんたちの調査能力を使えば俺の家なんて、すぐに分かりそうなものだ。
「例の合コンの話もあります。私も全てお嬢様が正しいとは思っていません。だから、狭間さんの思われるようにするのが良いと思います。それが、お嬢様が狭間さんを選ばれた理由だと思いますし」
「……ありがとう。東ヶ崎さん」
「いえ、ちょっと飲み過ぎて饒舌になってしまっただけです。恥ずかしいので忘れてください」
彼女は、少し恥ずかしそうに缶を持って撤収して行った。
「……俺がいる意味、か……」
***
22時を過ぎていたと思う。俺はさやかさんの部屋を訪れた。入り口のチャイムを鳴らした。
「はい……」
ドアには ちゃんとチェーンロックがかけてあった。感心感心。高鳥家の5階は各人の部屋があるのだが、普通のマンションの様に各部屋にドアはもちろん、バストイレも付いている。
ドアの隙間から見える彼女はパジャマ姿。ちょっとグッと来た。
「俺です」
「あ、ちょっと待ってくださいね」
一度ドアが閉まって、カチャカチャ音の後、再び開けられた時にはチェーンが外されていた。
「どうぞ」
「ありがとう。飲んでるから玄関までで」
「どうしたんですか? 珍しいですね」
「さやかさん……」
俺が両手を広げてみせた。
「酔っぱらってるんですか?」
そう言いながら俺の胸の中に抱かれに来た。
俺は彼女の背中に手を回し、優しく抱きしめて言った。
「採用しましょう。明日もう一度、ライさんに会いに行こう」
「……」
「もし、何かあってもその時は、一緒に何かいい方法を考えればいいです」
「……はい」
とても恋人同士の甘い会話ではなかったけれど、自分でも言葉にできない俺の気持ちは彼女に伝わったのではないかと思った。
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