第89話:試食の結果とは
山口さんのカレー。試食の結果は……おおむね好評だった!
15時には閉店して、「反省会」を開始した。
山口さんは当然として、俺とさやかさん、売り子を手伝ってくれたので、光ちゃんも参加した。
東ヶ崎さんは、いるけどこんな時 彼女は絶対に出しゃばらない。求められないと意見も言わない。
ここは聞くだけ聞いてもらう感じ。多分、黙っていても議事録とかにはしっかりまとめてくれるだろう。
感想を見てみると試食だったので、通常量の1/4程度しか盛っていなかったら、「もっと食べたい」という前向きな意見が出た。
おじいちゃん、おばあちゃんは、最初のうち中々手を出さなかったけど、さすがカレー。においによって引き寄せられるように試食に参加していた。
おじいちゃんたちのニコニコした笑顔は山口さんに手ごたえを感じさせたようだ。
一方で課題もあった。
ご飯は白いご飯にしたのだけど、「日常感」がもったいない、と。これは さやかさんの意見。
意外にも(失礼)、比較的本格的なスパイスカレーだったので、ちょっとだけ「非日常感」があることで多少価格が高くても、お客は納得するのだという。
そこで、ご飯を黄色いサフランライスにすることを検討することになった。
「よく思いつきましたね!」
「女の子ですから」
さやかさんが少しいじわるそうにニンマリ笑顔で答えた。うーん、今日も安定して可愛い。
*
「次に、原価はどうなんですか?」
予め準備してもらっていた、原価表。
要するにどれくらい材料費がかかったか、という話になる。
電気代やフライパンなどのレンタル料は「出店料」にコミコミにしようと思っているので、他にかかるといえば、材料費くらい。
店主が計算は簡単になる様にして出店し易くしている。
「あれ? 思ったより高いですね」
俺が思っているより材料費がかかっていた。
「スパイスが意外と高いんです」
「あー、そこは削れないですからね」
「そうなんです。しかも、専門店じゃないと手に入らなくて……」
「普通のスーパーとかで見たことないですしね」
「『
「スパイスですか……」
仕入れ元に心当たりが全くない……しかも、スパイスでは他の「屋台」の人に向けては汎用性はあまりなさそうだし……
「宿題にしましょうか」
*
「味についてはどうですか?」
「美味しかった」
「ウマかった……です」
概ね良い感想が集まる。
テレビの食レポの様に味を言葉にするのは難しい。我々は食に関しては素人。課題が見えてこない。
「光さんどうでした!? 僕のカレー!」
「もっとニク食いたかったスー」
「肉増やします!」
光ちゃんの意見に山口さんが即決。「原価が上がる」とか否定的な意見はこの場で言うべきではない。ブレインストーミングだったか、会議などで意見を出すときの手法のひとつだ。
それにしても、山口さんは光ちゃんのこといたく気に入ったな……
「鏑木総料理長はなんて言ってますか?」
「いやいやいや! 料理長とか食べさせらんないですよ!」
「なんでですか?」
「……恥ずかしいし」
「それだと、お客さんはその『恥ずかしいカレー』を食べさせられることになりますね」
「あ!」
言われて気づいたみたいだ。せっかく、食の専門家が近くにいるのに、意見を仰がないのはどう考えても損だ。
「でも、料理長いつも忙しそうですし……」
そうかなぁ? あの鏑木総料理長なら文句言いながらもしっかり食べて意見言ってくれそうだけどなぁ……
山口さんはまだハタチそこそこ。若いから鏑木総料理長クラスだと恐縮して言えないかもなぁ……
「じゃあ、賄いはどうですか?」
「賄いですか?」
「賄いにカレーを出すんです」
「賄いにカレー!」
完全にリピート・アフター・ミーだな。この人やっぱり面白い。
「賄いなら、みんな食べますし、料理長だけじゃなくて、兄弟子さんの意見も聞けますよ。けちょんけちょんに言われるかもですが、全部メモしてください」
「あー! 凄いですね、狭間さん! コンサルみたい!」
「一応、コンサルですので……」
「せんむー、すげー! マジぱない!」
ここのこのコンビ、今後もこの調子かな。面白いからずっと見ていたい。
*
店を考える上では「売り方」も考える必要があった。
実は、今回 光ちゃんがおじいちゃんやおばあちゃんに声をかけて試食を促したので20食分(試食としては、80食分)が全部はけた。
でも、それだと「光ちゃんおすすめのカレー」というラベルになってってしまう。
「お店の名前を考えましょう」
提案の仕方としてはこうかな?
「いいっすね! かっこいいのが良いです! 『ギャラクシーモンスター』とか!」
それじゃスマホかカードゲームだよ。もはや「カレー」入ってないし。
「それは、山口さんの実際のお店ができた時にしましょうか。『朝市』でお店を出す場合、山口さんの事を知っているお客さんはほぼ皆無です」
「そうですね」
「言い方悪いですが、知らないお兄ちゃんのカレーがどれほどの物か誰にも分かりません」
「はい」
「今日、試食が全部出たのは、光ちゃんが頑張ってくれたところも大きいです」
「おしゃーーーーー」
ぽわぽわしている歓喜の声は光ちゃん。
「お店の名前は、ブランド化です。山口さんの価値を最大化しましょう」
さやかさんが参戦した。ブランド化については彼女はもう知っている。俺は彼女にバトンを渡した。
「『どこぞの知らないお兄ちゃんのカレー』はあまり食べたくないですよね」
「そうですね」
「『某有名ホテルの料理人がこっそり作った本気カレー』はどうですか?」
「すごそうです!」
「そういう山口さんのキャラクターが分かる店名にした方がいいと思うんです」
「そうか……僕が見えてないんだ」
以前、さやかさんには付加価値を上げる最初の事として「名前を付ける」というのを説明した。今回は、山口さんにも分かり易いように「店名を考える」と表現した。
店名はプリントアウトして、屋台の上に貼っておくだけだから、簡単に付けることができるし、変えることもできる。
工夫する人も出てくるだろうから、作成は出店者さんに任せた方がいいだろうなぁ。
「僕、まだ『ホテルの料理人』を名乗るのはちょっと抵抗があります……」
「じゃあ、『某有名ホテルの料理人見習いが~』でもいいと思いますよ」
「そっか、僕はまだ見習いか……」
山口さんが何か気付いたようだし、店名にも反映されるだろう。ここも任せて大丈夫そうだ。
「僕、ホテルはも少し続けます」
「そうですか」
「僕、めちゃくちゃザコじゃないですか。ザクですよ。せめてゲルググくらいにはなってから自分の店を持ちます」
ごめん、その例えはよくわからないけれども。
これまで自分の体験を元にホテルを「辞めたい」と思ったんだ。新たな体験で「辞めたくない」と思うしか本人の気持ちを変えることはできない。「辞めない方がいいですよ」なんて薄っぺらな言葉は彼の心には届かないもんだ。
これで鏑木総料理長との約束は守れたかな。
「『某有名ホテルの料理人見習いが~』でも、『どこぞの知らないお兄ちゃんのカレー』よりは美味しそうです」
「……そうですね」
「現状、光ちゃんが手伝ってたので、『光ちゃんおすすめのカレー』ってとこになってしまいます。山口さんが見えてこないですよね」
彼女には既におじいちゃんおばあちゃんのファンが付いてるから、みんな付いてきてくれる。
かれ一人だったら半分もも出ただろうか。そんな辛い体験は、将来のうちのお得意さんにはしてもらいたくない。
光ちゃんがいてくれてよかった。
「つまり、『
「まあ、うちとしても、出店者さんに売り上げを上げてもらわないといけませんしね」
「それすごいな! 普通のところに出店するより成功率が高いじゃないですか! 光さんもいるし!」
こらこら。出店したら光ちゃんが付いてくるみたいに言わないでほしい。
本当は販売価格も決めたいところだけど、味や材料などの見直しをすると思うので、その後にしないと手戻りが多くなりそうだ。
次回以降に話すことにしよう。
「じゃあ、とりあえずの課題も見てきたと思いますので、山口さん頑張ってみてください。困ったら相談に乗りますので」
「ありがとうございます! 僕、ホテルでも修業を続けますけど、『朝市』でも定期的に出店します!」
「それはありがとうございます!」
固定客様ゲットだ。おいしいカレーに進化して、お客さんを呼びよせてくれたら嬉しいんだけど。
「どうぞ」
東ヶ崎さんが、いつの間にか議事録にまとめた紙も山口さんに渡した。さすが、完璧だ。
*
帰りは車内で山口さんが静かだった。ぜひ次につなげてほしい。
山口さんをおろした後、さやかさんの希望でコンビニに向かうことになった。飲み物? ……だったら「朝市」でも売ってたし。
俺たちは、言われるがままコンビニに向かうのだった。
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