第86話:上棟式の来客とは

 上棟式……それは、日本の文化。家など新しく建てるときに、屋根ができたタイミングでお祝いをする儀式。おまじないかもしれない。


 いや、近所への挨拶の意味もあったのかも。家主は、屋根に上がって餅や小銭の入った袋をばら撒く。


 近所の人はそれを拾いに集まるというもの。


 迷信? おまじない? 古い文化でうちには必要ないと思っていたけど、イベントと考えれば楽しまないのは損だ!


 大々的に近所にチラシを配って、上棟式もイベントの一つにした。


 地域的に年配者が多いことから、上棟式に参加してくれる人は多かった。


 最近ではやらない家も多いので、久しぶりと思ってくれたのかもしれない。


 当然、さやかさんも餅を撒いた。「森羅」のメンバーも呼んでみんなでわいわい。日曜日だというのにすごく集まってくれていた。


 イベントとしては大成功! 通常、多い時で1日の来客数が1万人を超えていたが、今回 多分記録更新だ。


 今日はスタッフも多いし、臨時で雇ったアルバイトもいるので、メインイベントさえ終われば、俺とさやかさんは少しの休憩を取る時間程度はあった。


 そうは言っても、挨拶やら なんやらあるのでご飯を食べる時間もないのが実情……



「しゃちょー! せんむー! お隣さんが挨拶に来られてますー」



 気が抜ける感じのしゃべりと声は、光ちゃん。


 俺達が控室で少し水分補給していた時に声をかけられた。



「お通ししてください!」



 慌ててペットボトルを置きながら答えた。



「はーい♪」



 あのしゃべりと声は、緊張感なくていいなぁ。きっと、本人はてんてこ舞いしてるんだろうけど、癒やされる。



「失礼しましまーす。今度、お隣でお店を始める者です」


「あ、ようこそいらっしゃいまし……た」



 そこにいたのは……



領家りょうけ先輩!?」



 いち早く反応したのは、さやかさんだった。



「こんにちはー、高鳥さん。その節は、ごめんねー。最近学校ではあんまりお見かけしないから、『お久しぶり』って感じだね〜」



 ちょっと俺は混乱していた。なぜ、彼が!? 光ちゃんがお隣の人と間違えて、案内した!?


 でも、「隣で店を始める」って言ってた!


 彼はまだ大学生のはず! バイトをするなら分かるけど、店を始めるって……


 あり得ない所であり得ないものを見たら、人は混乱するみたいだ。ケーキ屋さんの冷蔵ショーケースの中に参鶏湯サムゲタンが置いてあったら、きっと人は固まるだろう。


 多分そんな感じ。例えが既に分からなくなっているあたり、俺は相当混乱している。


 さやかさんは、本能的に俺の後ろに隠れた。



「上棟式おめでとうございます! うちの建物ももう施工始まります。トラブルはありましたけど、仲良くしていただけたら……あ、これご挨拶の品です」



 そう言って、包を差し出した。


 ここで、受け取らなかったら戦争だ。



「どうもご丁寧に」



 俺が受け取った。



「お収めください。あ、簡単な打ち合わせだけいいですか? ひとつだけ!」



 片目だけつぶって……つまりウインクの状態で両手を合わせて笑顔。うーん、軽い感じだ。



「何でしょう?」


「うちも後、外構工事だけなんですけど、駐車場の話です」


「はあ……」


「よかったら、うちとつなげさせてもらえないでしょうか? 農協さんとここの間も塀とか柵がないみたいだから、うちも、と思って」



 うちは農協の選果場と駐車場が繋がっている。選果場に行った後、そのまま駐車場内を移動するだけでうちに野菜を下ろすこともできるようになっているのだ。


 領家先輩の店までつなげると考えると……うちとしては、駐車場のキャパが上がるので良い話だが、必然的にうちの客が彼の店にも行くようになる。


 断れば狭量と思われるし、今後の付き合いにも影響するだろう。



「ちょっと検討させてください」


「分かりました。僕はうちの店を塀で囲ってもいいんですけど、そちらはお客さん多いみたいだから、少しでもお役に立てたらって思って。キャパ的に」



 爽やかな笑顔だ。出会い方さえもう少しよかったら、爽やかな良い青年だと感じていたかもしれない。


 駐車場の塀の話も即断していたかもしれない。



「今日はお忙しいでしょうから、僕はこれで。考えておいてください。今日は、おめでとうございますー」



 そう言って帰っていった。



「なんだあれ……」


「どういう事ですか!? 狭間さん! どうして領家先輩がお隣に!?」


「慌てました。彼の店がなんの店かも聞いてない。なんか嫌な予感がしますね」


「はい……すいません。私が合コンに行かなければ……」


「さやかさんは悪くないですよ。合コンの話は知らなかったんだし、俺もなんで行ってほしくないか言わなかったし」



 無意識に頭を撫でていた。



「はい……」



 叱られた子供のように さやかさんは俯いていた。そんなに気に病まなくてもいいのに。


 それよりも領家先輩。ついに何もしなくても向こうから来るようになったか。ヤバさはもう一段階上がってきていると感じていた。

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