第84話:さやかさんのコンサルとは


「山口さん、大変になりますけど、いいですか?」



 さやかさんがイタズラを提案する子供のように、山口さんにニコニコしながら話し始めた。



「はい、あのー……」


「改めまして、私 株式会社神羅万象青果の代表 高鳥さやかと申します」



 にこっとして、新入社員の様に両手で名刺を渡すさやかさん。一緒に練習したから名刺の出し方は完璧だ。山口さんも立ち上がって名刺を受け取った。



「だ、代表!?」



 山口さんがちょっと引いてる。まあ、「社長」だしなぁ。



「すいません、狭間さんについてきた新入社員かと……あ、いえ、よろしくお願いします」



 どうも俺に付いてきた新入社員だと思ってたらしい。実際、さやかさんは山口さんより若いしなぁ。「新入社員かと思いました」と言ってしまったら もめるかもしれない。よく途中で踏みとどまったな。



「お店が絶対潰れない方法って何だと思いますか?」


「資金が豊富にあるとか? ですか?」


「そうですね。 それだとお客さんが来なくてもお店は潰れませんね」


「あ、そうか! お客さんが多い店!」


「そうです! 常にお客さんが多い店は潰れません」



 もちろん、適正価格であるなど前提条件はあるけど、ここではあえて言わない。



「でもなぁ、どうやってお客さんを呼びこむか、ですよね」


「はい、そこで……」



 さやかんがステッキでも振るみたいに人差し指を振って話を続けた。



「最初からお客さんがいっぱいいて、お金を稼ぎながら、ファンを増やし、更に自分の実力も分かる方法があります」


「そんな凄い方法があるんですか!?」


「しかも、お金はお店の出店に比べたらタダみたいなものです」


「やります! それやります!」



 全部聞く前に決断しちゃったよ。若さゆえか。マルチ商法とかに引っかからないといいけど……布団とか、浄水器とか、水とか、気を付けてー!



「実は、うちが持っている店舗で『朝市』って野菜直売所があります」


「あ、狭間さんのホームページで見ました! 僕、一度行ったことあります!」


「それはありがとうございます! そこの中には、飲食店があるんですが、トライアル的に屋台を追加出店します」


「屋台……」


「そうです。1日から出店できる屋台で、広さは全部で一畳ほど。お客さんにはベンチを準備するので、ショッピングモールとかのイートインコーナーをイメージしてもらったら分かり易いかと」


「ショッピングモールのイートインコーナー! そこで屋台!」


「山口さんの場合、ホテルのお仕事がお休みの日だけの営業になるでしょうから、土日とかに合わせられれば、かなりのお客さんが来ることが期待できますよ」


「すごい! 全部解決じゃないですか!」



 ここで一応、俺も入っておく。



「ホテルのシフトの場合、平日が休みってこともあると思うんで、最初は平日に出店した方が良いと思います」


「え? 何でですか? 休日の方がお客さんいっぱいですよね⁉」


「確かに、そうです。でも、ぶっつけ本番になってしまうので、思わぬトラブルもあるかもしれません」


「あ! そうか……」


「日曜日の場合は、出店料として1日1万円なんですが、平日の場合は特別に3日まで無料にします」


「ホントですか!? 最初は平日にします!」


「もっと詳しい話をしましょうか!」


「詳しい……?」


「販売カウンターはあって、調理スペースもあるんですけど、電気やガスには容量の関係で決まりがあります。あと、フライパンみたいなものは貸出できますけど、大型の寸胴とか特殊なものは準備してもらう必要があります。あと、煮込みものの場合……」


「ううううう……」



 キャパオーバーだったらしい。


「今度、実際に『朝市』で打合せしてみませんか? 実際の屋台を見たほうがイメージもつきやすいでしょ? 必要なもののリストアップなんかもした方がいいでしょうし」


「はい! ぜひ! 次の休みの日は……」



 山口さんとの打合せは終った。


 一応、どんな方向で話を進めるかは鏑木料理長に伝え、了承を得た。


 また忙しくなりそうだ……



 *



 次は、「朝市」に移動だった。



「狭間さん、出店料は無料でよかったんですか?」



 「朝市」に移動中、さやかさんが聞いた。今日は東ヶ崎さんが運転してくれているので、俺は後部座席でゆっくり話すことができる。



「山口さんはちょっと計画が甘いところがあるようでした」


「そうですね。私でもそう思いました」


「いきなり日曜日に営業して、お客さんが殺到したらパニックを起こしそうです」


「なるほど。それで練習を兼ねて!」


「そうです。あと、我々も初めての屋台で何が起こるか分かりませんから、平日に一緒に考えることで余裕が持てます」


「なるほど」



 俺が顎を触りながら続けた。



「元々、簡単に出店できるように考えた屋台ですが、お店をやりたい人のトライアルになれば楽しいですよね」


「はい」


「しかも、お客さんからしたら来るたびに違うお店があるかもしれないし、定番のお店があるかもしれない。凄い人気の場合は、固定の店舗を持ってもいいでしょうし、別の場所で自分のお店を持つのもいいでしょう」


「狭間さんすごいことを思いつきますよね!」


「お店を出した人は仕入れの時にうちから仕入れてくれるでしょうから、固定客になってくれる可能性もあります」


「無から有を作り出す錬金術師みたいです!」


「ま、それも、まだ『絵に描いた餅』ですけどね。うまくいったら褒めてください」


「そうですね。全力でうまくいかせましょう♪」



 俺たちはウキウキで「朝市」に向かった。

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