第82話:鏑木総料理長の悩みとは

「なあ、挾間専務。カレー食ってかないか?」


「カレー……ですか?」



 ここは市内でも一番大きいホテルの厨房。「森羅」で野菜を入れさせてもらっている関係で、総料理長とも仲良くさせてもらってる。


 いつの間にか、俺の呼び名が「挾間専務」になってる……そう言えば、以前は「お前」とか「おい」とかだったし、逆に呼びにくかったのかも?


 さやかさんはちゃっかり付いてきた。外回りはあんまり付いてこないのに、以前ここでスイーツをご馳走になったことがある。あれに味をしめたのでは……それだったら、可愛いのでツッコまないことにした。



「うちの若いヤツがここを辞めたいって言っててな……」


「え!? そうなんですか?」


「山口って分かるか? あの金髪のヤツ」


「あ、はい。あの比較的新しいかた


「そうそう。入ってまだ1年チョイだ。まだ21歳かそこらだったと思う。」


「料理の世界は厳しいから……」



 職人の中に入り込んで、仕事をしながら仕事を覚えていく。昔からぶっつけ本番のOJTだから、職人が育つまでに時間もかかるし、挫折する人も多いという……


 そもそも「指導」ではなく「見て盗む」みたいな文化だから、見よう見まねで何とかなるなら誰も苦労しないのだ。



「バカ! 今時そんな厳しくしてたら すぐ人が辞めてくわ! 違うんだよ。あいつは中々優秀だ」


 あれ? 違った。



「この間のカレーフェアで、自分の方がうまいカレーを作れるとか言い出しやがって」


「あー……」



 入社1年だったら、一通り身の回りの仕事を覚えて次のステップに進みたくなる頃かな?



「そんでカレーを作らせてみたんだが、あいつインドカレー作りやがった。ホテルは欧風カレーだろ! 比べられるか?」


「そりゃあ……」



 一口にカレーって言っても、インドカレーと欧風カレー、家庭のカレーは別の料理と言ってもいいくらいだ。



「しかも、言って聞かせても、ある程度のヤツの話じゃないと説得力がないだろ。俺だと公平じゃないし」


「はあ……」



 なんとなく話が少し見えてきたような……



「あいつのカレーを食ってなんか言ってやってくれ。そんで、またここで働くように言ってくれ」



 やっぱり……要するに若手が辞めそうだから、俺になんとか説得して戻るようにしてほしい、と。



 また難しい話が来たなぁ……



「でも、なんで俺なんですか? 俺、料理人でも何でもないですよ?」


「そりゃあ……ホームページだよ」


「ホームページ?」


「ああ、お前のホームページ。色んな食べ物屋が載ってるやつ」



 俺が趣味でやっていて、今では「森羅」の公式ページに入れたやつのことだ。



「うちの連中あれ見ててな。あそこに載る店を出したいとか言っててな」



 ヤバい! 嬉しい! 元々個人がやっていたサイトでそんなに言ってもらえるって嬉し恥ずかしい感じだけど、誇らしい感じで、ヤバい。その辺りを走り回りたいくらいだ!



「うちのサイトでよければ取材させていただいて掲載させていただけると、うちも嬉しいんですけど……」


「それがなぁ……まあ、あいつの話 聞いてくれ」


「分かりました……」



 今まで頼まれたことがないような頼まれごとだ……


「失敗しました」の意味で横にいた さやかさんに視線を送ってみた。暗い表情を想像したのだけど、喜々とした表情だった。



「さやかさん?」


「狭間さん、株式会社さやかの業務内容はなんでしたっけ?」


「コンサルとM&……あ! コンサル!」


「そうです。初仕事です! 早速 話をうかがいましょう!」



 前向き! 常に前向きなのは彼女が純粋だからか、世間知らずだからか……



「あ、休憩室使っていいからな! あと、山口には小一時間行って来いって伝えといてくれ」


「承知しましたー」



 大丈夫か、俺!? 一応、さやかパパからコンサルの何たるかは教えてもらったけど、所詮飲み会の中の話……俺になんとかできるのか、不安しかないんだけど……



「狭間さん! 早く行きましょう!」


「はい……」



 不安しかないんだけど……食べ物関連のそういうのは、山岡さんとか海原さんに任せておきたいんだけど。

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