第80話:サウザントとは
「あっはっはっはっはっー! 狭間くん! きみは面白い! 本当に面白いなぁ!」
リビングのローテーブルの方で、さやかパパと飲み始めてしまった。
「すごいなぁ!」とか言ってもらおうと思っていたのに、「面白い!」になってしまった……
「くっくっくっ……さやかを……合コンにぃ……」
俺がさやかさんを合コンに出した話をどこかで聞きつけたらしく、膝を叩きながら窒息する程 笑っている。
「パパ、もういい加減にして! 知らなかったんだからしょうがないじゃないですか!」
「いやいやいや、そうそうそう! そういうの教えてない僕が悪い!」
ちょうど料理を運んできた さやかさんがさやかパパを止める。
「悪い悪い。実際、さやかはキレイなところしか見せないで育ててしまった『箱入り娘』だからね」
まあ、大事な娘さんに何かあったら、きっと俺は切腹ものだったろう。本当に何もなくてよかった。
テーブルの上には また豪華な料理が並んでいた。例によって、さやかさんと東ヶ崎さんが作ってくれた。
こういうときって、俺本当に何もしてないんだけど、良いのかな?
「そうだ! 18歳で成人になったんでしょ? さやか! 一緒にお酒のもーよ!」
「お酒は20歳からなんです!」
「ちぇー。いいもーん。僕は狭間くんと飲むからー♪」
相変わらず、さやかパパは見た目軽そう。でも、その奥の眼光が鋭いというか……見れば見るほどレオンのあの警官の人に似てると思い始めてきた。
「でも、実際ね。あの子の周りには色々な人がいるんだよ。なにか起こる前にそのうちの誰かが止めてたよ」
そうなのか? 東ヶ崎さんは俺が頼まなくても合コン会場を調べていたし、二次会の会場まで知っていた。
俺があのまま不貞腐れて迎えに行かなかったら、東ヶ崎さんが行ったのかもしれない。
「今でこそ笑い話ですけど、酔っ払いはガタイのいい男二人でしたから、東ヶ崎さんじゃ……」
「あれ? 知らないの? 東ヶ崎さんは合気道の段持ちだよ? ちなみに、僕じゃ勝てないからね、彼女に」
「そうなんですか!?」
キッチンにいる東ヶ崎さんの方を見てみたら、視線を明後日の方向に向け音のない口笛を吹いている。あれは本当だ。しかも、今のこの会話が聞こえている!
「すごいんですね。東ヶ崎さん」
「彼女は特別だよ。チルドレンの中でもサウザントだから」
「……なんですか、その『チルドレン』とか『サウザント』とかって」
「あ、そっか!狭間くんには言ってなかったか。狭間くんなら知ってても良いんじゃないかなぁ。いい機会だ。冗談半分に聞いてよ」
「はあ……」
さやかパパの話はいつも面白い。面白いからつい飲み過ぎてしまうのだ。前回なんか二日酔いがヤバかった。
「うちはさぁ、色々ビジネスやってるし、えぐいくらい利益が出る訳さ!」
「はぁ……」
一度はそんなこと言ってみたい。
「半分も税金で持っていかれるのは癪だから、投資してるんだよ。人に」
「人、ですか」
「そ。高校進学の奨学金みたいなのから、身寄りのない子を養子にしたりまで。教育とかも」
そう言えば、東ヶ崎さんもそんなことを言っていた。
「高校の奨学金みたいな小さいの合わせたら人数なんてもう誰にも分からないけどさ、さすがに養子にした子はみんな知ってる訳さ。みんないい子だから、うちの会社で働いてもらってる」
「へー」
「まあ、半分から8割くらいがうちの会社で働いてくれてる感じ?」
「ほとんどですね」
「ありがたいことにね」
ここで、さやかパパが飲んでいた日本酒のお猪口をテーブルに置いた。
「ねぇ! 東ヶ崎ちゃん! こっちにおいでよ! 料理はもういっぱいだし!」
「はーい」
東ヶ崎さんが徳利を持って来た。
「違う違う! お酌してって話じゃなくて、一緒に飲もうよ! お猪口も持ってきて。あ、さやかもジュースで」
俺の横にさやかさんが座り、さやかパパの隣に「失礼します」と言って東ケ崎さんが座った。
みんな座ってくれると俺も罪悪感なく食べて飲むことができる。みんなだけ働かせて自分だけ飲んでいるのって落ち着かないし。
東ヶ崎さんが、さやかパパにお酌して、次に東ヶ崎さんが酒を注いでもらってた。お酒が注がれる間中ずっと「ありがとうございます、ありがとうございます」って言ってた。
やっぱり、東ヶ崎さんは相当さやかパパのことを尊敬しているらしい。
みんなにお酒が渡ったところで、再度 乾杯してさやかさん以外のみんなでお酒を飲んだ。
「さっきの話の続きだけどさ、東ヶ崎ちゃんみたいなうちの子は、その名の通り『チルドレン』って呼んでるのよ」
東ヶ崎んさんが座ったままペコリとお辞儀をした。
「その中でも、僕の周りで働いてもらうのは100人くらい。つまり、チルドレンの中でもトップ100ってこと」
「かなり優秀なんですね」
「そう!」
母数がよく分からないけど、半分が100人なら全部で200人くらい? 相当多いんじゃないかな?
「更に、息子と、さやかの周りには、ほんの数人しかいないから彼らことを『サウザント』って呼んでるのさ」
「ん? サウザントってことは1000人? 1000人に1人?」
「よく分かったね! でも、1000人とは限らない。東ヶ崎ちゃんクラスだと4000人とか5000人に1人のスーパーエリートだから!」
「とんでもないです」
東ヶ崎さんが謙遜していた。
ちょっと待って。凄い話じゃないの!?
東ヶ崎さん5000人の中のトップなの!?
「やっぱりね。ビジネスっていうのは、最後は『人』なのよ。任せても大丈夫って人、信用が置ける人、そんな人は普通、周りに何人もいないよね」
「たしかに!」
「でも、それじゃぁ、僕の商売は成り立たない。何社も同時に経営するには、ある程度 任せられる人がいないとね」
目から鱗だ。
出会うんじゃなくて、作っているんだ。信用が置ける人を……発想がもう、明らかに一般人の俺とは違う!
そう言えば、先日喫茶店で東ヶ崎さんが、さやかさんの周りで仕事ができることを「
そして、そのさやかさんから「おねえちゃん」と親しまれて、思わず涙を零して喜んでいた理由も分かる気がする……そこにいるまでにどれだけの苦労をしてきたのか。
「狭間くんには、いずれその全員を引き継いでもらわないといけないかもじゃない? そして、新しい人も育てないと、グループの社員とその家族が食べていけないからね」
「え!? 俺ってそれを引き継ぐんですか!?」
「だって―、さやかと結婚したら、さやかのお兄ちゃんと半分ずつは受け継ぐでしょー」
「えーーーーーっ!」
俺は両手を頭に載せ騒ぐしかなかった。
「だからね。合コンの時も何かあったら、どんなヤツだったとしても きっと東ヶ崎ちゃんが差し違えてでも さやかを守ったよ」
「うわ……」
説得力が半端ない。
「まあ、狭間くんは、チルドレンを引き継いだら それをどう扱うかって話だよね」
「と、言いますと?」
「言い方悪いけど、ガチで彼らは命を張って僕たちを守ってくれると思う。僕らの命が危ない時は僕らの代わりに死んでくれると思う」
さやかパパが東ヶ崎さんをチラリと見たら、東ヶ崎さんが無言でコクリと頷いてた。その表情から真剣なのが伝わる。
「そこまで……」
「例えば、キレイどこだけ集めてハーレム作っちゃっても全然できちゃんじゃないかな?」
「ハーレム……」
「まあ、そんなこと絶対にさせないけどね」
その時の一瞬のさやかパパの目の鋭さは、一瞬で背筋が凍る程のものだった。
「まあ、経営者が少々ポンコツでも、彼らは優秀だから勝手に稼いできちゃってグループは安泰だよ」
気楽にすごいことを言う。
「その彼ら・彼女らの絶対の敬意に対して、僕らは何が返せるのかって話だよね」
そういうと、ぐいっとお猪口に残った酒を飲みほした。
その後、何も言わなくても空いたお猪口に東ヶ崎さんがお酒を注いだ。さやかパパは、東ヶ崎さんにニコリと笑顔で返し、東ヶ崎さんは会釈した。
高鳥家はただのお金持ちじゃない。俺の想像のはるか上を行く想像できない程のお金持ちだ。そして、そのベースは誰も想像できない程 盤石だった。
「それで、パパ。『朝市』の話がしたいんだけど……」
この空気の中、さやかさんが全然違う話題を振った。
「なんだーい? 言ってごらん♪」
一見、ダメダメなパパに見えるさやかパパは、本当はすごい人。でも、さやかさんには全然ダメダメなところがある……面白い! バランスがメチャクチャだ。さやかパパ色々面白い!
今日も飲み会は長くなりそうだ。
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