第79話:時間短縮のはずがわちゃわちゃとは

 ああ、色々うまくいかない。色々あるけど、目の前の問題だけに注目しよう。とりあえず、さやかパパが帰ってきた時に、全力が必要だ。



 全力で嫌われないようにする……



 このネガティブな頑張り……しょうがないのだ。


 これまでに、割と気に入ってもらっている気がするけど、俺のどこにそんな良い所があるのか……すぐに飽きられてしまいそうだ。


 そういう意味じゃ、「おお! すごいよ! 狭間くん!」とか言われるみたいな手柄を立てておきたい!


 手柄を上げられそうなのは「朝市」だ。朝市をもっと繁盛させて、喜ばれたい。


「朝市」が繁盛したら周囲の農家さんも大喜びだ。


 そう言えば、いつかの佐々木さん家に息子さんが東京から帰ってきたと聞いた。ちゃんと稼げると分かったら農業だってちゃんと商売として後継者ができるもんだ。


 その為にも、「朝市」の打ち合わせをしようと思ったら、さやかさんが必要! 


 ところが、彼女は大学が忙しい! 1年の時は「一般教養」の授業が多いとかで、ほとんどの時間が埋まっている。



 ああ、もう! 色々うまくいかない!



 今日は、2時間目が空いているらしいので、そのタイミングで大学近くのお店に行って打ち合わせをして、昼食くらい一緒に取ったら さやかさんは授業に戻って、俺は「森羅」に行く……そんな計画だ。



 *



 いつぞやの喫茶店とは違う、仕事の話もできそうな喫茶店に来た。店内は広く、内装やテーブルは木目が目を引く小洒落たお店だった。時間はまだ11時前。お店は全然混んでない。


 とりあえず、カフェオレを注文して、一人で時間を潰す。今日の東ヶ崎さんは家事があるので留守番だ。聴講生は色々準備が必要みたいでまだ登校していない。


 カフェオレを飲んで思った。味で言えば、東ヶ崎さんが淹れたやつの方がおいしい気がする。店よりうまいものを出す彼女がすごいのか、店なのにこの程度のこの店がすごいのか……


 小さめのテーブルにノートPCを置いて、資料作成の続きをしながら さやかさんを待った。



「お待たせしました」



 しばらく画面に注目していたので、さやかさんが すぐ近くに来るまで気付かなかった。



「お疲れ……様……です」



 さやかさんが、白いブラウスに黒のソリッドジップバックキャミワンピースの大学生らしい服装で登場して、あまりの可愛さに目を奪われた時だった。


 その後ろから「こんにちはー」と1人、2人、3人と女性が一緒だった。



「先日はカラオケ店で……ありがとうございましたー」

「あーしたー」

「したー」



 カラオケ……と言えば、さやかさんと一緒にいた3人組! そう言えば、見覚えがある……気がする。最初に会ったのが暗いところだったので、印象もだいぶ違っていて、定かではないけれど……



「あの、私たち、さやかちゃんが喫茶店に行くって言うから、勝手についてきちゃってー……すいません」



 以前は「高鳥さん」だった呼び名は「さやかちゃん」になっている。順調に仲良くなっているということかもしれない。それは俺にとっても嬉しいことだ。


 さやかさんが、少し顔をへにゃりとさせて小さく手を合わせて「ごめんなさい」のジェスチャーをした。それで、全てを理解した。


「ちょっと抜ける」くらいのつもりで出ようと思ったら、この三人に捕まった、と。



「すいませーん、デートでしたか?」

「図々しいですけど、ちょっとだけご一緒してもいいですかー?」

「よろしくお願いしまーす」




 三人が代わる代わる話していた。なんだかんだ言って、さやかさんは友達と一緒で楽しそうなので、俺は全く問題なかった。



「あ、どうぞ。2人だと思っていたのでテーブルが小さいな。お店の人に言ってちょっと広い席に代えてもらいましょう」


「「「ありがとうございまーす!」」」



 *



 どうして、こうなった!?

 俺は女性に囲まれることになってしまった。



 喫茶店において、5人席って意外と作りにくい。そんなにたくさん出くるケースが少ないからだ。


 そこで、1人用のテーブルをいくつか繋げてその周りを囲むように座ることになった。


 ただ、そのせいで、さやかさんを含む女子大生4人に囲まれるプチハーレムみたいな状態に……



「狭間さんと さやかちゃんは、どこで出会ったんですか?」


「あ、俺の仕事先で彼女がバイトしてて……」


「どっちですか?」


「え?」


「どっちが先に声をかけたんですか!?」



 興味津々な三人、さやかさんの方をチラリと見たら観念した様に右手を少し上げて しゃべり始めた。



「私の方から……」


「きゃー! 積極的!」


「いがーい!」


「さやかちゃん 普段クールだから全然そんなイメージがなかったー!」



 あ、さやかさんがテレまくって俯いてる。ヤバい。可愛い。



「ちょっとトラブルがあって、それで彼女が気遣ってくれて……」


「きゃー! すてき」


「美男美女って感じでこうして並ぶと絵になりますね!」


「え? そうかな? ありがとうございます」



 圧がすごい。圧が。三人が前のめりなのがすごい。俺の顔は引きつっていないだろうか。



「学校でのさやかちゃんだと、クールだから彼氏がいるってイメージが全然わかなかったけど、お二人の時ってこんな顔してるんですねー!」


「こんな顔?」



 横のさやかさんの方を向いてみた。いつも通り可愛いけど?



「なんていうかー、恋する乙女って言うかー、メロメロって言うかー……その狭間さんの袖をちょっと摘まんでるのとか! エモい!」



 横で俺の袖を摘まんでいた さやかさんがさっと離して手をパッと戻してしまった。


 どうも彼女たちの話から察するに学校での さやかさんはクールキャラらしい。俺としては最初の頃は「ちょっと意地悪な笑顔」が印象的だったけど、最近では慣れてしまって可愛いとしか感じてなかった。


 その「クールさやかさん」を見てみたい!



「学校での さやかさんについて詳しく!」


「もう、やめてくださいっ!」



 さやかさんの顔が本格的に真っ赤になってる。


 お友達三人のニヨニヨ具合も面白い。俺もこの三人と仲良くなったら、学校での さやかさんについて知ることができるのだろうか!?


 学校での さやかさんの様子が少し知れてよかった半面、打ち合わせは1ミクロンも進まなかったのだった。

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