第76話:敵地に乗り込む心境とは

 もう一つの方……そう、先日の「カラオケ事件」を起こした男性3人が さやかさんに謝罪したいとのことだった。


 普段なら、そんな罠みたいなシチュエーションに さやかさんを送り出したりはしない。


 ところが、俺も一緒でいいとのこと。更に、相手からの場所の指定が喫茶店だったことで受けることにした。


 なぜ、喫茶店なら受けるのかというと、普通の喫茶店内で殴り合いの喧嘩をすればすぐに「事件」になる。


 相手だって わさわざそんなバカなことはしないだろう、という判断だ。


 正直、それでも さやかさんをそんなところには連れて行きたくなかったのだが、3人は大学の先輩だという。


 俺はよくても、さやかさんはどこかで会うことになるし、長い大学生活を送る上で ばつの悪い思いをしてしまうだろう。


「問題は事前に潰しておく必要がある」そう考えたのだ。





 指定の喫茶店近くで車を停めた。



「じゃあ、東ヶ崎さんはここで待機お願いします」


「え?」



 東ヶ崎さんは虚をつかれたようだった。



「ケータイを通話にして持っていきますから、東ヶ崎さんの判断で危ないと思ったら警察に駆け込んでください」


「かしこまりました」



 俺はケータイで東ヶ崎さんに電話して「通話」のまま胸ポケットに入れた。


 東ヶ崎さんは、ケータイを耳に当てて音が聞こえるのを確認して、指で輪っかを作り「OK」の合図をした。



「じゃ、さやかさん、行きますか!」


「お願いします!」



 俺達は、車を降りて気合を入れると指定の喫茶店に入った。



 *



 そこは、さやかさんの大学近くの喫茶店。2階建ての建物の2階にあり、個人経営らしく店名は聞いたことがない。



 1階のコンビニ横の細い階段を登ると、ドアはなく いきなり店内だった。



「あ! 高鳥さん! こっちです!」



 店内を見渡すまでもなく、入店後すぐに男性から声をかけられた。


 白いカッターシャツに落ち着いた色のスラックス。無精ひげなどもなく、髪は切り揃えられ爽やかな感じ。悪い印象じゃない。


 男は、顔の作りとして口角が上がっているらしく、いつも笑みを浮かべているような顔をしていた。


 恐らく、彼が「領家りょうけ先輩」だろう。


 促された席にむかい、さやかさんは俺の後ろに隠れるようにして着いてきた。


 そりゃあ、ついこの間まで高校生だったのだ。社会の手痛い洗礼を受けて、怖くない訳がない。


 俺は振り返り、彼女の手を握ると「大丈夫ですよ」と彼女に聞こえる程度の小さな声で言った。


 さやかさんは無言でコクリと、頷いたがその表情は堅かった。


 6人がけの少し大き目のテーブルの片側に俺とさやかさんが座り、テーブル挟んで向かいに男性三人が座り、中央に「領家先輩」が座った。



「高鳥さん! この度は本当にすいませんでした!」



「領家先輩」がテーブルに両手を肩幅ほど開いてつき、頭を付けるほど下げて謝った。テーブル上の土下座のような形。


 両脇の男たちも続いて頭を下げ「すいませんでした」と口にした。



「顔を上げてください」



 さやかさんが冷静に伝えた。この辺りお嬢様だなぁ。所作が板についてる。



「改めまして、私 領家りょうけ健一けんいちと申します。こちらが佐々木と片岡……」



 領地先輩は、顔を上げると俺に自己紹介をした。



「狭間です。高鳥の……彼氏です」



 なんて言うか一瞬迷った。俺、カッコ悪っ!


 なんだろう、この領家先輩、ここまで何一つ間違えてない。それなのに印象がすごく悪いのは、出会い方が良くなかったからか!?



「あ、すいません。ここ喫茶店なんで、何か注文をお願いします。当然、支払いは僕が持ちますから」



 そんな話で領家先輩に促されて とりあえず、注文をした。お店に罪はないのだから。「場所代」の認識なので、俺もさやかさんもコーヒーを選んだ。


 コーヒーが届く前に彼が話し始めた。



「僕がいながらあんなことになってしまって……本当にすいませんでした。学校には報告して、既に処分は受けてます」


「はい」



 さやかさんは、冷静だ。背筋もまっすぐで座っている。気丈にそう見せているだけかもしれないけど。



「二人には、知り合いの協力も借りて、しっかり言って聞かせたから!」



 そう言うと、左右の二人が身をすくめて怯えたような仕草をした。


 よく見ると、二人とも少し痩せた? いや、やつれた感じ?



「す、すいませんでした……許してもらえないと俺……」



 冗談みたいに怯えてる。


 誰だ「知り合い」って誰!?

 何があった!?

 全然「言って聞かせた」って感じじゃない!?



「分かりました。謝罪を受け入れます。もう、他の子に酷いことをしないでくださいね」


「わ、わかりました。すいませんでした」

「すいませんでした」



 左右の男達は口々に謝る。素直すぎて少し気持ちが悪い程だ。



「高鳥さんも気分が良くないだろうから、ここで二人は退席させます。すいませんが、僕とはもう少しだけお付き合いください」



 そう言うと、二人の男達は頭を下げて逃げるように退室した。


 広いテーブルに片側 俺とさやかさん。向かいに領家先輩という位置。……まあ、俺の先輩ではないのだが。



「言ったらなんですが、お詫びの品を受け取っていただけないでしょうか」



 領家先輩がカバンから小さな包を取り出す。10センチ角で厚さは2センチ程。ハンカチかハンドタオルか?



「そんなつもりではありませんから」



 さやかさんは断る。そりゃあ、そうだよね。



「もう準備してしまいましたし……」



 彼がテーブル上で手渡そうとした次の瞬間、手を滑らせた。


 さやかさんの方に落ちたので反射的に さやかさんがキャッチしようとしたら、領家先輩と手が重なる。



「!」



 慌てて手を引く さやかさん。



「あ、すいません!」



 一見、慌てているようだけど、彼は手を引かなかった。まるで、狙ってさやかさんの手を握ろうとしていたかのごとく。



「重ねてすいません。僕の気が収まらないので、どうぞお収めください」



 そう言って勧める仕草で受取りを促した。包みはテーブルの上にすうっと差し出された。


 席を立とうとした このタイミングで注文したコーヒーが来た。バッドタイミング! 少しは東ヶ崎さんを見習ってほしい。



「あの、僕も先に退散します。会計済ませておきますから、ごゆっくり!」



 彼は頭を低くしてペコペコ頭を下げ、申し訳なさそうにテーブルを離れた。



「あ、そうだ。また、なにかあったら よろしくお願いします」



 最後にそう言って退店していった。

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