第77話:分析と情報共有とは
俺とさやかさんは喫茶店でコーヒーを飲んでから店を出ることにした。既に手元にあるコーヒーが可哀想だからだ。
「東ヶ崎さんもありがとう。一緒に店内に来てください」
俺はさやかさんから視線をずらさずに、東ヶ崎さんに話しかけた。東ヶ崎さんとは電話で通じている。彼女だけ待たせておくのは申し訳ないと思ったのだ。
*
とりあえず、認識を共有するというか、どう感じているのか聞くことから始めた。
「さやかさん、領家先輩をどう見ますか?」
「うーん……目的が分からないですけど、何かを企んでる感じ……でしょうか」
引き続き喫茶店でお互いの認識を確認することにしたのだ。テーブル向かいのさっきまで領家先輩達がいたところには、いまは東ヶ崎さんが座っている。
俺達がコーヒーを頼んでいたからか、彼女もコーヒーを選んだ。
「出会い方が良くなかったので、悪い印象なのかと思ってたんですが、俺も同じ印象です」
「はい」
「合コンの『やらかし』を わざわざ学校に報告した理由も分からない」
「確かに。普通は隠したくなるもんですよね」
さやかさんが顎の下に人差し指の第二関節を当てるようにして言った。まるでテレビに出てくる探偵が推理するときのポーズだ。
「しかも、酔っぱらい達のあの変貌ぶり……」
「逆にちょっと怖いくらいでした」
「領家先輩は、礼儀とかちゃんとしてそうで、最後の最後にお詫びの品で形の残るものを渡してきましたよね」
「普通は違うんですか?」
「会社とかでお詫びに行くときは、きまって『お菓子』です。後に残らないものを選びます。そうでないと、その品を見るたびに、相手に失敗を思い出させてしまうんです」
「なるほど」
「しかも、多分、中身ハンカチですよね」
さやかさんがもらった包を軽く振る。
「軽いし、そうかもしれません」
「ハンカチは『別れ』とか『涙』とかを連想させるのでプレゼントにはあまり向いていません。最近だとあんまり気にしないかもしれませんけど」
「そうなんですね」
彼は大学生だから、そんなことまで考えなかったかもしれないし、知らないかもしれない。
ただ……
「あの時、なぜ さやかさんの手を握ろうとしたんでしょうね」
「あ、やっぱり、わざとに見えましたか?」
「はい」
わさわざ お詫びに来た相手を不快にさせる様なことを……
「最後に、『また何かあったら』とか言ってましたね。社交辞令的ではあるんですが、お詫びの時にはダメでしょう。『また』があったら」
「あ、そうだ!」
さやかさんは今 気づいたみたい。普通はその程度の認識で俺の考え過ぎなのかな……
うーん、考えれば考える程 分からない。
「とにかく、領家先輩のことは認識を改めます。警戒レベルを1つ上げないと……」
さやかさんは、今後さらに警戒するらしい。まあ、それだけでも随分違うと思う。
「大学でもできるだけ交流がないといいんですけどね」
「学年が違うから基本的に会うことはありません。ただ、高校と違って教科によっては学年が違っても同じ教室になることがあるみたいです」
「そうなんですね」
俺は大学に行ってないから、その辺りが分からない。
「どうせなら、東ヶ崎さんも一緒に大学生になればよかったですね」
「え!? わたっ、私が! ですか!?」
俺が言った一言で珍しく東ヶ崎さんが慌ててる。コーヒーも変なことろに入ったっぽい。むせこんでいる。
「どうしたんですか?」
「あ、いえ。失礼しました」
東ヶ崎さんがコホンと佇まいを直した。
「私達は、高鳥のグループ会社で働けるのが
「じゃあ、さやかさんの傍っていうのは?」
「頂上です!
喜びを表す言葉がたくさん出て来たな~!
「…だってさ。さやかさんは?」
そんなに慕われるのってどんな気分なんだろう?
「うーん、すごいのはパパだから なんか恐縮します。私からしたら東ヶ崎さんのことは単に『お姉ちゃん』みたいに思ってるし」
「あ、俺も『仲のいい姉妹みたい』と思ってた。特に一緒に料理作ってるときとか」
ははは、と もはや雑談になっていたのだけど、東ヶ崎さんの様子がおかしかった。
「あれ? あれ? あれれ? ちょっと……」
しきりと目の辺りを拭っている。行動に反して涙が止まらない様子。顔は笑っているのに涙がポロポロと……次々止まらない
「どうしたの? 東ヶ崎さん、大丈夫?」
「す、すいません。ちょっと失礼します! お化粧直しにっ」
逃げるようにトイレに行ってしまった。
「あー、狭間さんが東ヶ崎さんを泣かしましたねぇ」
「そんな軽口言って、分かってるんでしょ? あれは相当嬉しかったみたいですよ? 『お姉ちゃんみたい』って言われて。罪作りな女ですね、さやかさん」
「元はと言えば、狭間さんが一緒に大学に通ったらいい、とか言うからです」
「あれは『
「もうそれ以上、喜びの熟語思いつかないです」
高鳥家の人間の周りにいることが、彼女達にとってどれだけ嬉しいことなのか、改めて知らされるのだった。
そして、東ヶ崎さんは珍しくしばらく帰ってこなかった。
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