第74話:やきもちを妬かせてやきもちを妬くとは

 アポが取れた日に目的のスーパーへ行く。


 まずは、話を聞くだけ。そこで得た情報を元に他に活かしたり、話をしたその企業間でコラボしたりすることもある。


 経営者とは、常に新しい情報をインプットし続けないといけない。そのためには、ライバルとも言うべき同業他社とも交流する経営者も少なくない。


 今日はベンツで行くことになった。経営者はベンツが好きなので話題になれば、という意図もある。


 運転は当然のように東ヶ崎さん。俺の運転する機会が減ってる! そろそろ、2トントラック運転したいんだけど!


 今日はおとなしく後部座席で さやかさんと並んで座ってる。



「そう言えば、狭間さん」


「なんですか?」


「この間、東ヶ崎さんの下の名前を呼んでましたね」



 カラオケに さやかさんを迎えに行った日だ。



「東ヶ崎さんが下の名前を教えるなんて、随分仲がいいですね」


「いやいやいや、世間話からたまたまです」



 そうなの!? そう言えば、下の名前は中々教えてくれなかった。あんまり名乗らないのかな。



「ん、んん」



 東ヶ崎さんが珍しく咳払いしてる。照れ隠し?何かの合図!?



「ちょくちょく仲良く話してるし、私 心配なんですけど〜」



 半眼でジト見された。あ、やきもちだ! やきもち妬いてくれてる!



「なんで、私がやきもち妬いたら、狭間さんいつもニマニマしてるんですか!? その顔 嫌いです!」



 あ、拗ねて向こうを向いてしまった。おもむろに頭を撫でてあげる。



「もうー! 絶対子供扱いしてますー!」



 そう言いながらも、まんざらではないみたい。


 子供じゃないから、下手に抱きしめたりできなくなった。なんか、いやらしい意味が出てきてしまうのだ。


 その点、頭を撫でるのは逆にセーフ!



「もう! 狭間さん……」(テトテトテン……)



 そこまで言いかけたとき、さやかさんの電話が鳴った。


 手で「すいません」のジェスチャー。こちらも「どうぞ」のジェスチャーで返した。



「はい……え!? 領家りょうけ先輩!?」



 どうも学校の先輩らしい。漏れ聞こえる声から男だと分かって、今度はこちらがやきもちを妬く番だった。



「あ、もう大丈夫です。……いえ、そこまでしていただかなくても」



 彼女が男と話しているのを見せられるのは、あんまり気持ちのいいもんじゃないな。俺も東ヶ崎さんとは言え、これを日々彼女に見せていたかと思うと反省だった。



「……え!? 今日ですか!? はい、はい、はい。それなら……では、16時頃伺います。はい。失礼します」(ピッ)


「……」



 無言で さやかさんを見つめた。なんか、今日 会う約束になってなかったか!?



「先日のカラオケの男性3人が謝罪したいとこのとだったので、分かりましたと答えたのですが、直接会って謝罪したい、と」


「うん……」


「酔っぱらって暴れていた二人の男性は学校から処分を受けたそうです」


「じゃあ、お礼参り的な?」


「『お礼参り』って何ですか?」



 しまった、世代が違った。適当に誤魔化した。



「ところで、どうしてヤツが さやかさんの番号を?」


「ホントですね。教えた覚えはないのに……あっ!」


「どうしました?」


「お店で、領家先輩がスマホを失くされたんです。番号を聞いて私がスマホを鳴らしました」


「それか!」



 割と古典的な手だ。


 もし、それが狙ってやったことだとしたら、今回の呼び出しも明らかな罠……かな。えらく気に入られたな、さやかさん。いや、俺の方か?



「男性三人が待つところに のこのこ行くわけもなく、お断りしたら狭間さんもぜひ一緒に、と」


「うん?」


「しかも、会う場所は喫茶店なんです」



 つまり、その場で再度格闘……とはならない、と。



「わざわざ行くメリットはないのですが、私も大学で会うかもしれないので……」


「気まずいのは困る、な」



 さすが、さやかさん。目先のことだけじゃなく先のことも考えている。行くしかないのだろうな。



「お嬢様、催涙スプレーと警棒とスタンガンを買っていきますか?」



 珍しく東ヶ崎さんが攻撃的だ。



「いや、要らないだろう。喫茶店に乗り込もう」


「狭間さん、大丈夫なんですか?」


「いざとなったら……」


「いざとなったら?」


「逃げる」


「「逃げるんですね」」



 さやかさんも東ヶ崎さんも不満そうだった。

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