第72話:近所スーパーとは


「狭間さん、スーパー行きませんか?」



 昼が近いリビングでふいに さやかさんが言った。俺はソファに座ってスマホを見てた。色んなとこから色んなメッセージが来てる。



「はい。いいですね」


「夕飯は私が作っちゃいます!」


「それは期待します。どうしたんですか?」


「気まぐれです」



 そうか、と思ったところで、横を東ヶ崎さんが静かに通り過ぎ、すごく小さな声で「お詫びと仲直りのつもりですよ♪」と教えてくれた。


 かっ、可愛い! さやかさん可愛すぎる!



「狭間さん! なんか、また東ヶ崎さんとイチャイチャしてませんか!?」



 ひとりニマニマしていたら怒られてしまった。やきもち妬いてもらえるのは嬉しいと思う俺は変態だろうか。


 この日は休日で、昼間からたっぷり時間があった。ちょうど、デートでもしたいなぁと思っていたところだった。


 仕事的には、最近は「朝市」の方ばかりに力が入っていた。「森羅」の方は裕子さんが……山本部長が会社をうまく回してくれている。


 まだ、適正に回せてるか時々チェックが必要だけど、基本的に上々だった。


 そうなると、デート。


 スーパーに行くと、いつも思い出す。失業直後に さやかさんが会いに来てくれた事。辛い時だったので、いい思い出として強烈に心に焼き付いていた。


 スーパーでのデートは、ちょっと新婚さんみたいで少しむず痒い。しかし、日々忙しい仕事のたまの休日なので、そのむず痒さ込みで幸せを満喫したい。


 そういえば、スーパーに行くときは、東ヶ崎さんは車の運転手をしない。俺とさやかさんだけで行くことが多い。なんか、この辺りに配慮を感じる。



 *



「お野菜、安いですね」


「確かに」



 近所のスーパーに着くと最初に生鮮食料品売り場に来てしまう。価格や鮮度、包装方法などを見てしまう。これはもう職業病だろう。我ながら苦笑いが出てしまう。


 何も言わなくても さやかさんもそうだから、伝染うつってるな、こりゃ。



「うちの野菜が入れられたら、もっと安く出来るんじゃないですかね?」


「そうかもですね。ただ、スーパーにとって仕入先は重要だから簡単には入れないですよ」


「そっか……」



 仕入元から出荷を止められたら、小売店は死活問題だ。目先だけを見たら、パワーバランスは小売店の方が強そうだけど、普通の経営者はその辺りを理解しているので あんまり過ぎた無理は言わない。


 迂闊に他社から仕入れてるのがバレると、価格を安く入れてもらえなくなるかもしれない。仁義を破ったらダメなのだ。



「スーパーってお肉もお魚もあって便利ですよねぇ」


「そうですね」


「狭間さん……」


「はい?」


「うちもスーパーできませんかね?」


「はいい?」



 何その「パンがなければケーキを食べればいい」的な発想! マリアントワネットか! 入れられないなら作ればいい、みたいな! 


 いや、だからこそ彼女だ! 普通に「できない」と考えるのは小学生でもできる。それを具体的にどこがどうできないのか、考えるのが俺の仕事だろう。


 そして、どうできるようにしていくかが腕の見せどころだ。


 この日は、スーパーの売り場を回りながらなにが必要か色々メモしていくのだった。そして、今度は「色々上の空すぎる」とまた さやかさんに怒られるのだった。

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