第61話:アフターストーリー(8ー1/8)

■さやかパパ


「狭間くん、きみ面白いなぁ! 本当に面白い! うちの会社に来て2、3社 経営しないー?」



 高鳥家の2階のリビング。あの屋久杉スライスのローテーブルについている俺。


 俺の横にはさやかパパこと、高鳥修一郎さんが座っている。普段は単身赴任でほとんど家にいない。月に数日帰ってくるらしい。そして、今日はその日らしい。


 そして、今めちゃくちゃ俺の顔を覗き込んでくるんだけど……誰か助けて。


 愉快な方だし、変に垣根を設けないというか、プライベート空間が極狭というか、良い服を着ているのに ちょっと怖い感じもして……


 今日このさやかパパに似ている人を思いついた。


 映画LEONのスタンスフィールドって警察官! 拳銃も持ってないし、ヤクもキメてないけど、どこかそんな雰囲気をまとっている。カッコよくて、軽い感じで、いつも笑みを浮かべている。でもどこか眼光が鋭い感じ。



「パパ、堂々と狭間さんをへッドハンティングしないでください! 我が社の数少ない社員なんですから!」



 さやかさんが俺とさやかパパにコーヒーを持ってきてくれた。俺はさやかさんに視線で助けを求めてみた。



「狭間さんはそんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでください! 母性的な何かが溢れて来ちゃうので……」



 ダメだった。俺に味方はいない!



「だって、パパは大事な東ヶ崎ちゃんを取られちゃったし、間をとって狭間くんをくれるということで……」



 どこと どこの間を取ったのか、ぜひ教えて欲しい!



「狭間さんは ただの社員じゃないから、ぜーーーーーったいダメですっ!」



 さやかさんが さやかパパに「べー」ってやってキッチンに消えていった。なんか、めちゃくちゃ可愛いんだけど。



「ただの社員じゃないんだってよぉ! どう思う!? 実のパパにさぁ。ノロケだよねぇ、あれ!」



 横でガッシリ肩を組まれてしまった。


 細身の身体に反してめちゃくちゃガッシリ来た。さやかパパは、かなり力は強いのだろう。俺はまさに借りて来た猫状態だった。中学校でヤンキーに肩を組まれた陰キャの構図が頭に浮かんだんだけど……


 だって、考えてみて欲しい。単身赴任で家を空けている間に高校生の娘が男を拾ってきたと思ったら、急に付き合いだして、一緒に住んで、自分の会社の社員にしてしまったのだ。


 もうね、ほとんど間男でしょ。



「あ! 東ヶ崎ちゃん! 羊羹まだある? ほら、あの とらやのいいヤツ!」


「はい、お出ししますか?」



 少し遠くから東ヶ崎さんの声が聞こえた。



「頼んだよ! 狭間くんの分もお願いね! 残りは さやかと二人で食べていいから!」


「かしこまりましたー」



 さやかパパは、東ヶ崎さんのこともよく知っているらしい。



「狭間くんと さやかが始めた『野菜直売所』の『朝市あさいち』だけどさぁ」



 急に話題が変わった。


 さやかパパがローテーブルに両肘を突いて、その上に顎を乗せて少し気だるそうに話し始めた。



「『朝市』がどうかしましたか?」



「朝市」とは、 生産者と消費者とが一定の場所に集まって交換取引を開く場所のことだけど、俺は店名を「朝市」にした。嫌でも直売所感が出るし、お店に来る年配の方でも分かりやすい。



「あれ、いいね! 土地が安いし、建物も安普請でいい。それなのにめちゃくちゃお客さん来てるじゃない! 売り上げも悪くない」


「ありがとうございます」



 さやかさんと打ち合わせをして、集客のための仕掛けをてんこ盛りにしたのだ。しかも、最初から全てを作るのではなく、収益が上がったら それをそのまま次の仕掛けに投資するようにしたので、一番最初の投資が最小限で済む。


 来るたびに新しいものができるので、お客さんとしても楽しい。最近では遊園地とかがそんな資金運用をしているというのを聞いて、そのまま真似させてもらった形だ。



「あれさぁ、僕も初期投資したんだけどさぁ、すぐにお金が無くなって さやかが泣きついてくると思ってたのに!」



 まさかの不満!



「甘えてもらえる数少ないチャンスなんだから、僕から機会を奪わないでもらえるかなぁ!?」


「は、はぁ……」



 どこまで本気なのか、この人。ニヤケ顔からは本心が汲み取れない。



「あそこいいよねぇ。海も山も川も近いから、行く前に買い出しにも使われそうだしさぁ」


「ありがとうございます」


「多分、半年後にライバル店ができると思ったんだよねぇ」


「あっ!」



 俺はライバル店のことを失念していた。しかも、俺たちの店が成功したら同じ国道沿いの真横に似た店を作ったら成功の確率はかなり高い。



「『朝市』が土地を拡大するのって計画じゃ3年後になってたじゃない? その頃には いい場所が買われてると思うんだぁ」


「たしかに! 急いで地権者さんを見つけ出して交渉に入らないと!」



 俺は慌てて立ち上がろうとテーブルに手を突いた。



「お待たせしました。羊羹です」



 そこに東ヶ崎さんが羊羹を持ってきてくれた。珍しくタイミングが悪い!



「とらやの羊羹食べたことある? 百均のとは別もんだよ? 狭間くんも食べてみてよ」



 さやかパパにそう言われたら座り直して食べるしかない! 羊羹だけ食べたらすぐに動くか。



「あ、うまい!」



 一口食べたら感想が勝手に飛び出た。羊羹って単なるあんこの塊と思ってたけど、全然ベタベタしない。これおいしい!



「両脇の土地さぁ……僕買っちゃった♪」


「は!?」


「3年後に要る時にはさぁ、さやかにお願いさせてよ!」


「そ、そんなことでよければ……」



 すごい、やっぱり俺たちよりも二歩も三歩も先を読んでいる。コンサルは伊達じゃない。そして、資金力が半端じゃない。



「あとさぁ、狭間くん。一緒にお酒飲もうよぉ」


「え? あ、はい。俺でよければ。さやかさんじゃなくていいんですか?」


「さやかは未成年だし、お酒飲めないからねぇ」


「あ、そうか」


「どうせ、きみ 僕の義理の息子になっちゃうでしょぉ? 息子と酒を飲むとか親の夢のひとつだしさぁ、ここはひとつ叶えておくべきじゃないかなぁ?」



 この人はどこまでも懐が深い。深すぎて俺程度には怖く感じてしまったのかもしれない。


 あと、東ヶ崎さんの羊羹のタイミング、ドンピシャだった! 俺って浅はか!



「いつでも構いませんよ? 俺でよければお付き合いします」


「ホント⁉ 言ったね⁉」


「はい。俺も修二郎さんともっと仲良くなりたいです」


「よし、じゃあ、手始めに『パパ』って呼ぶことから始めようか!」


「パ……は、はい……」



 頑張ってみたけど、まだダメだった。



「東ヶ崎ちゃーん!」


「はい! ただいまー」



 急に、さやかパパが東ヶ崎さんを呼んだ。



「ブリとカワハギ届いてる? あと、喜多屋の極醸大吟醸も!」


「はい、届いてます」


「なんか作ってくれる? 僕は息子とお酒飲むから!」


「はい、早速! 大社長、おめでとうございます!」


「ありがと♪ 東ヶ崎ちゃん可愛いね!」


「大社長、それセクハラです」


「てへ♪」



 東ヶ崎さんって さやかパパのことを「大社長」って呼んでるの⁉ どんな関係になるの⁉


 今なの!? 今からなの!? 普通の休みの日だと思っていたのに、急にさやかパパとお酒を飲むことになってしまった。



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