第58話:アフターストーリー(6/8)

■優秀な秘書(?)東ヶ崎さん


 俺は日々、株式会社森羅万象青果に出勤して、あいさつ回りしたり、社内の問題を解決したりしている。


 一方で、さやかさんは高校があるので、株式会社さやかとしての打ち合わせは あのマンションみたいな自宅の高鳥家のリビングで行われることが多い。



「会社の方はどうですか? 主に営業の方々」


「憑き物が落ちたみたいに一生懸命働いてますよ。俺との関係も徐々に……ってとこですかね」


「上出来です。いえ、期待以上です」


「でも、よくそのまま社員を使うことにしましたね」


「そりゃあ、スタート時から営業全員の弱みを握ってからのスタートです。ここで頑張れない腐った人は徹底的にぶっ叩いてやろうと思ってました」



 あのいじわるそうな笑顔がのぞく。彼女Sなのかなぁ……普段はそんな素振り一切ないんだけど……ただ、チャンスをあげているという点も考えれば優しいのかな。



「どうぞ」と言って、東ヶ崎さんが俺の目の前にコーヒーカップを置いてくれた。彼女はいつもそうだ。資料が必要な時は資料を、コーヒーが必要な時はコーヒーを、絶妙なタイミングで準備してくれた。



「いつもありがとうございます。東ヶ崎さんすごいですね」


「消しゴムから超電磁砲レールガンまで何でも手配するのが私の仕事です」



 戦争でもおっぱじめるのかな?(滝汗)東ヶ崎さんが言うと本当に準備できそうだから怖い。



「それだけ優秀だったら、専務は東ヶ崎さんがやっても良かったんじゃないですか?」


「私は、所詮 駒です。会社経営にかかわる部分は、大きな絵が描ける人が就かないと」



 まあ、それが さやかさんなんだろうけど……



「それだとちょっと不安がありませんか? その、彼女だけだと……」


「そうですね。お嬢様は失敗を知らない分、経験値の部分で弱いと思います。だから、狭間さんが必要なんじゃないですか」



 俺ってそんな重要なポジションなの⁈



「これからもよろしくお願いしますね。専務♪」



 東ヶ崎さんにも期待されてる。プレッシャーだけど、嫌なプレッシャーじゃない。これが仕事? 


 こんなに楽しくて、ワクワクして、今にも走り出したいくらいの……俺も仕事の本質をこの歳になって初めて知ったのかもしれない。



「なに二人で楽しそうに話してるんですか!」



 さやかさんが頬を膨らませておむずかりだ。対して、東ヶ崎さんの表情はニマニマ。俺、すこぶる居心地悪いんだけど……



「そっ、それにしても! 野菜直売所の在庫切れを出荷している農家さんに簡単に知らせる方法を東ヶ崎さんが思いついてくれて、よ、よかったですよね!?」


「あぁ、あのソフト屋さんというか、アプリ屋さんを見つけてきてくれたやつ……」



 あからさまな話題の変更だったけど、なんとか さやかさんが乗っかってくれた。


「野菜直売所」に農家さんが商品を並べるのだけど、普段は畑仕事をしているのでいちいち在庫確認なんかできない。


 ちょくちょく直売所に行くのは手間だし、売り切れの時間が長いと機会損失になる。


 在庫が少なくなったら農家さんに知らせて、在庫がなくなる前に商品補充ができるのが理想だけど、そんなことは中々実現できない。



「レジの人が見てて、メールかLINEしてくれたいいのに……」と さやかさんがぽつりと言った。ただ、商品数は多岐にわたる。レジの人が全体を把握するのは難しいだろう。


 そこで考えたのが、商品が売れたことを知らせるアプリだ。


 スマホ自体は最近の年配の方でも保持率は高い。たしか、NTTドコモの2021年の調査では、60代のスマホ保有率は91%、70代は70%だったか。


 だから、直売所のPOSシステムと連動させて、売れた瞬間に知らせるのと、残りの在庫数を知らせるだけのアプリを作ったのだ。


 在庫数が少なくなると農家さんが自ら収穫して、パッケージして商品にして直売所に並べに来る。機会損失を最小限にするアプリだ。


 商品を持ってきたら、アプリに表示されているバーコードを読ませると自動的にPOSシステムに反映されるのだ。


 操作は全くないし、直売所でバーコードを見せるだけなので、農家さんでも操作に困ることはなかった。


 それどころか、ピコンとなると農家さんのテンションが上がる。あからさまに「売り上げが上がった」との知らせなのだ。各農家さんがスマホをポケットに入れたまま農作業をするようになったとすごく評判だ。


 ただ、このアプリを作るのが難しかった。アイデアはあるのだけど、どんな風にしたらいいのか分からないし、ソフト開発の知識もない。


 そこで、地元の経営者の集まり「県人会」でアプリ開発の人を紹介してもらった。もちろん、東ヶ崎さんの手配だ。


 ここで、ちょっと面白い感じの女社長さんと知り合いになった。この会社がすごく優秀で、農家のおじいちゃんおばあちゃんでも簡単に使えるアプリができたのだった。



「私、あの会社の社長さん、ちょっとだけ苦手です」


「そうですか? 美人だったし、感じの良い方じゃありませんでした?」


「狭間さんは ああいう方がお好みですか!?」



 あからさまに嫉妬っぽい。困るけど、嬉しいと感じてしまうから困ってしまう。



「いや、あの社長さん結婚してるし、一緒に来てた技術の方が旦那さんって言ってましたよね?」


「でも、会って開口一番『美少女ですね! 抱きしめてもいいですか?』からスタートしたんですよ!」


「確かに、ちょっと独特というか、面白い方でしたね」



 思わず苦笑いがでた。相手の女社長さんは さやかさんが大そうお気に入りで、目をキラキラさせて、開口一番抱きしめたいと言ったのだ。


 面白い人だけど、仕事ができるご夫婦って感じだった。たしか、有名なポイント活動アプリを作った会社だとか。順風満々なのだろう。うちも真似したいところだな。



「話が逸れてしまいましたが、東ヶ崎さん優秀過ぎますよね。あんなビンゴなソフト屋さんを紹介までしてもらえるなんて」


「狭間さんは東ヶ崎さんがお好みですか!?」



 そんなに妬き散らさなくても、俺は さやかさんしか見ていないのに……それをどうやって伝えたらいいのか、その問題については……


 チラリと東ヶ崎さんの方に視線を送ったのだけど、わざと明後日の方向を見て、音のしない口笛を吹きながら無視してきた。


「そこは業務外です」ってことだろうか。俺だけでソリューション問題解決できるだろうか……

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