第59話:アフターストーリー(7ー1/8)

り担当の野村さんの相談ごと


 競り担当の野村さんに呼び出された。しかも、仕事が終わってから居酒屋に。俺たち仲卸の人間が飲みに行くとなると、ちょっとだけ問題がある。


 朝が早い分、定時で上がると昼くらいなのだ。普通に仕事が終わって飲みに行っているだけなのに、「昼間から酒を飲むヤバいヤツ」と思われてしまう(多分)。


 俺たちは駅近くの昼飲みできる店で待ち合わせをした。



 *



 店に入ると、野村さんが先にいた。そして、もう飲んでた。



「お疲れ様です。早いっすね」


「そりゃあ、うちはキッチリ定時のホワイト企業だからな」



 少しだけ無精ひげの野村さんがニカッと笑って言った。


 席は小上がりになっていて、床は畳だった。衝立ついたてでとなりのテーブルと仕切られている。個室とまではいかないまでも十分なプライベート性だった。


 テーブルも広く6人くらいまでは楽に座れる広さ。昼間なので他に客も少なく贅沢に座れた。この仕事の良いことの一つかもしれない。



「たしかに、随分変わりましたね。以前の社長とか『もう帰るの?』とか言ってましたからね。この時代に」


「ありゃあ、分かりやすい老害だったな。ただ、あのじいさんの会社だったから誰も何も言えなかったけどさ」


「たしかに……」



 俺も結局何もできなかったし、苦笑いしか出なかった。



「じゃ、ビールでいいの? 専務」


「俺、野村さんにそう呼ばれるのまだ慣れないんですけど」


「いいじゃないの。実際、専務なんだし」



 そう言いながら卓上のコールボタンを押して店員さんを呼んでくれて注文してくれた。


 程なくしてジョッキが運ばれてきて、俺たちはジョッキをぶつけ乾杯してこの会はスタートした。


 料理を頼まなかったので、お通しだけのスタートになるかと思っていたけど、野村さんが注文してくれていたみたいで枝豆とか、モロキュウとか、唐揚げとか定番メニューがすぐに運ばれてきた。



「あれ? 野村さんタバコは?」



 今日に限って野村さんがタバコを吸ってなかったのだ。



「20年ぶりに禁煙なんだよ」


「心境の変化ですか?」


「まぁな」



 なぜか少しバツが悪そうに笑いジョッキをあおる野村さん。


 俺がいま28歳、野村さんが50前って言ってたから48歳とか49歳とかだろうか。入社してから10年経って初めて交流できているし、初めて飲みに行くことになろうとは。


 以前、俺が初めてりに参加してからどれくらい経ったかな。半年……それくらいかな。



「その……あれだ。部長はどうだ? 最近……?」



 野村さんから意外な話題が出てきた。そう言えば、最近、野菜直売所出店のために社外が多かったから、あまり何もできてなかった……


 固まった無言の笑顔が俺の答えになった。



「ふっ、実際どうなんだ? その……お前ら以前……」


「あぁ、確かにちょっと付き合ってた時期はあったんです。憧れのお姉さんみたいな……でも、もう5年も前のことですよ?」


「そうか……今はJK社長の彼女もいるからなぁ」



 野村さんが半眼でジト見してきたけど、付き合い始めた時はJKではあったけど、社長ではなかったんだよ?



「あと、営業との関係はどうだ?」


「あぁ、そちらはなぜか急激に改善してて……正直、助かってます。何人かはブログの方に巻き込んだんですけど」


「その……やり込めようとかいう感情はないの?」



 野村さんがきゅうりに箸で もろみの味噌をつけながら訊いた。



「うーん、今はどっちかって言うと今いるメンバーで会社を立て直さないといけないから、それどこじゃない感じですかね」


「お前だけ違う次元に行ってしまった感じだな」



 野村さんがモロキュウを咀嚼しながら口元だけで笑った。



「そうなんですかね?」


「じゃあ、全体的に良い感じ?」


「全体的に良いっていうか……予想以上です」


「そか。それな、山本部長が不器用そうに奔走してたぞ?」


「え!? そうなんですか?」


「営業のやつらが取材に行きやすいようにスケジュール調整したり、大口情報の取りまとめとかもやってたろ?」


「たしかに」



 大口みたいな重要な情報が会社内で担当者レベルの取りまとめではなく、専門の窓口はあってしかるべきだった。そう考えると、なぜ今までなかったのかと思えるほどだ。


 それを裕子さんが……山本部長が担当してくれていた。



「実際どうだろう? お前は、部長を許せそうか?」



 野村さんが次のモロキュウを口に運びながら、視線だけはこちらに向けて訊ねた。



「許すもなにも、元々俺は裕子さんを憎んでいませんし、認めてもらいたいと思っていただけの ただの若造だったんだと思います」


「そか」



 それを聞いて少し安心するように野村さんがビールをあおった。



「社長は部長のことなんか言ってるか?」


「なんですか!? 今日めっちゃ色々聞いてきますね!」



 色々心配してくれているのかもしれないけど、少し過剰な気がする。野村さんは元々いい人だと思っていたけど、それだけでわざわざ俺を呼びだして飲み会までするか?



「その……実はな……」と言いながら頬を少しかいたかと思ったら、「おーい!」と急に大きな声で衝立の向こうに呼びかけた。


 おずおずと出てきたのは予想外の人だった。

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