第56話:アフターストーリー(4/8)

 ■株式会社森羅万象青果の変化


 実は、あることを始めることで社員の意識がガラリと変わってきていた。俺が半分趣味でやっていた「ブログ」を会社公式ページに入れて、直接仕入れの農家さんの情報を取材して回るようにしたのだ。


 まず、「直接仕入れ」は仕入れ量の問題で事実上の非公式だったけれど、農家さんたちをある程度グループ化して集荷しに行くことで解禁とした。


 最初は、「単なる集荷」をしてもらい、次のステップとして「各農家訪問」をするようにした。もちろん、最初は俺も一緒に各農家に行ったのだ。


 農家の方と直接話すと自然と野菜の情報も手に入る。市場でりをするのとは違うのだ。畑を見て、植物としての野菜がどんなふうに育つのか見て、時々は畑仕事を手伝わせてもらったりもした。


 農家の方の高齢化は進んでいて、俺たちみたいな若手と話す機会が少ないのでわざわざ時間を割いてくれた。農家に限らないけれど、職人は自分のこだわりを他人に話したいものだ。


 ただ、話してくれるまでのハードルというか、心の壁は高い。そういう意味では、こちらは野菜を買う「お客さん側」なので、比較的入りやすかったかもしれない。


 ここで大活躍なのが意外にも中野さんだ。今日も、俺とさやかさん、そして中野さん、運転手の東ヶ崎さんの4人でタマネギ農家の佐々木さんのところに来ていた。ちなみに、例のレクサスのSUVで行った。



「佐々木さん! ご無沙汰してます!」


「お、狭間くん久しぶりだね」


「お久しぶりです」



 また家の駐車場に停めさせてもらっている。



「狭間くんね、もう、専務さんだ。スーツ決まってるよ」



 俺とさやかさん、東ヶ崎さんはスーツ、中野さんは作業服だ。俺的には作業服の方がいいのだけど、さやかさんから禁止されている。



「私がスーツ以外を禁止してます」


「そうなんね」



 さやかさんが佐々木さんに答えていた。佐々木さんはニコニコしていた。



「狭間さんは、作業着を着させているとすぐに作業を始めるので、後進が育たないんです」


「そうじゃろ、そうじゃろ、狭間さんは人がいいもんね」



 佐々木さんは優しい笑顔を向けてくれるけれど、俺としては少し寂しいところがあった。10年間ずっと現場だったから。



「中野はどうですか?」


「よくやってくれてますよ。野菜を大事に運んでくれるしね」



 俺が佐々木さんに聞くと、答えてくれた。その表情から本当なのだろう。



「この間、佐々木さんにタマネギもらったんです! 家でステーキにして食べました!」



 中野さんがめちゃくちゃアピールしてきた。たしかに、タマネギはスライスして焼くと甘みが出ておいしいんだよなぁ。


 自分でやって感動したら、ついお店とかで話したくなるし、中野さんはこの調子で良いだろう。今回の会社のブログ更新は中野さんだった。



「佐々木さん、ブログ用の取材のご協力ありがとうございました」


「いんやぁ、お陰で『直売所』でよう売れるようになったし、通販の問い合わせも増えたらしいからね。たくさん売れると助かりますよ」



 そうなのだ。ブログで佐々木さんの土づくりについての記事をアップした。タマネギ用の土地は酸性になることを嫌うので、苦土石灰くどせっかいを入れるなどしてよく耕している。


 そして、鶏糞を入れるとタマネギが大きくなる傾向があるけれど、今度は腐りやすくなるなどデメリットも出てくる。


 佐々木さんの説では、「窒素が多いから腐りやすくなる」とのことで、独自の処理方法で適量にしてから畑に使うようにしているのだ。


 こうすることで、大きな球で、腐りにくく、美味しいタマネギになるのだという。


 中野さんは、ここまでの話を畑を手伝いながら聞いてきて、写真と共に記事を書きブログにアップしたのだ。畑を耕している写真は臨場感があった。


 会社の通販サイトのアクセスも増えたし、お客さんからの問い合わせも増える。つまり、売り上げも上がるのだ。


 そして、各担当は自分が商品を作ったかのような自信で商品を紹介して、販売していく。みんな誇りをもって自分の仕事をしている。とてもいい傾向なのだ。


 荷物をSUVに載せ、さやかさんは後部座席へ。運転手、東ヶ崎さんは運転席でエンジンをかけて待機中。佐々木さん夫妻も家に入って行った。



「専務! ちょっとすいません、狭間専務!」


「はい?」



 急に呼ばれて虚を突かれた。おみやげでもらったタマネギを見ながら、俺ならこのタマネギどうやって食べるかなぁ、とか考えていたからだ。


 自動車の後ろ側、ハッチバックのところで中野さんに呼ばれた。



「どうしました? 中野さん」



 俺は、相変わらず「中野さん」と呼んでいる。なんだかんだ言っても先輩だし、急に態度を変えるのも なんかカッコ悪いと思っていたからだ。



「俺を会社に残してくれてありがとう!」



 突然の御礼。しかも、腰90度の最敬礼のお辞儀。



「どうしたんですか? 急に」


「俺……ずっとこの仕事に就いたことを恥じてた。流通過程の中間搾取的な仕事だと思ってた。だから、お客さんの顔も、商品も全く何も見えてなかった! それどころか、お客さんから話しかけれらるのはめんどくさいとすら思ってた!」



 そりゃあ、末期だなぁ……



「あんなに酷いことをしたし、言った俺を会社に残してくれた上に、今回のブログの仕事をやらせてくれて……農家の人がどんな気持ちで商品作って出荷してるか初めて気づけた」


「そりゃよかったです」


「俺たちが納めた野菜たちが料理になって行くんだよな。どんな料理になるかとかすげえ気になるようになった! めちゃくちゃヤリガイある! めちゃくちゃ誇りが持てる! 俺、この仕事一生やっていきたい!」



 両手をガシリと握られてしまった。男に握られるのはちょっとアレだけど、仕事に価値とヤリガイを見出してくれたのは僥倖だ。


 ブログの件、会社としてやろうと言いだしたのはさやかさん。ここまで考えてだったら彼女は優秀過ぎる。


 中野さんは、自分の中でルール化されたらそれを絶対に崩さない。悪く言えば偏屈だけど、こうして定期的にブログを書くと決めたら、さぼらず書くだろう。



「会社の上層部になるし! 突然JKの彼女作るし! 高級車乗り回してるし! 狭間専務! 俺の憧れだから! 俺も頑張るから!」



 メチャクチャ圧がすごい。その後もしばらく「社長をなんて言って口説いたのか」と付き纏われて、俺は頭をかきながら逃げるしかなかった。SUVの周りをおっさん二人が鬼ごっこ。しばらく車が出発できないのであった。

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