第54話:アフターストーリー(2/8)

■三度学校へ


 どうしてこうなった……俺は今、東ヶ崎さんを連れて、二人でさやかさんの高校に来ている。


 学校には、ちゃんと合法的に来ているので正面玄関からお邪魔している。例によって高鳥家の車を借りて来たので、必然的に高級車だった。


 ちなみに、今日選んだのはBMW。1階の車庫に止まっている車の中で一番コンパクト(実サイズではなくイメージ的に)だからというしょうもない理由で選んでしまった。以前行った時、高校の駐車場は1台分のスペースが狭かったのだ。


 ただ、運転は東ヶ崎さんがしてくれた。時間も含めて俺は連れて行かれただけ。



 生徒と教師と保護者……そう、三者面談だ。



 教室で待っていたのは担任の先生で、女性の先生らしい。まだ若く30代と言ったところだろうか。細身のスーツを着ていて、俺と歳はそう変わらないように思えた。


 机六台が3個×2個で付けられていて、片側中央に先生が座り、向かい中央に さやかさん、その両隣に俺と東ヶ崎さんという具合に座った。


 俺の進路という訳ではないのだけど、何となく「先生」というだけで若干緊張するのは、俺が学生時代あまり優秀な生徒ではなかったことを示しているのではないだろうか。



「高鳥さんは、進路を決めかねていたのよね?」



 簡単な挨拶の後、担任の先生が切り出した。ちなみに、加藤先生とおっしゃる。専門は国語だそうだ。



「そうなんですけど、最近色々興味がわいてきて……」


「良いことですね、例えば どんなことに興味がありますか?」


「会社経営とか、おいしい野菜とか、おいしい料理を作るとか、お嫁さんとか……」


「良いんじゃないですか? ひとつひとつ具体的に考えて実現していけば。まずは……」


「そうなんですけど、決めました!」



 すっぱりと答えた さやかさん。そう言えば、進学するって俺に宣言していたな。



「私は、進学と就職、両方します!」



 あぁ、そうだった。正確にはそう言っていた。そして、それを聞いて担任の先生がオロオロしている。


 まだ比較的若い先生だから、あり得ない回答が来た時の切り替えしトークが固まっていないらしい。



「たかっ、高鳥さん、二兎追えば何とやら、と言いますし、まずは進学に集中されてはどうでしょうか? 高鳥さんの成績ならば推薦も十分狙えますし……」



 無難そうなことを先生が言った。社会に出て10年。この歳になって思うけど、社会の荒波で10年揉まれた俺と、学校の中に10年いた先生では、社会についての知識と経験の差は離れすぎている。


 学校内のことは先生のことが詳しいのだろうけど、教師という職業しかやってないと就職や仕事については、ほとんど学生時代から情報がアップデートされていない。昔は、学校の先生と言えば万能な感じを勝手に思っていたけど、進学以外になった時の高校教師の頼りなさよ。


 そう言った意味では、進学を勧める辺り、彼女はまだ誠実な方と言える。先生自身も実体験があるであろう大学進学を勧めているのだから。



「もちろん推薦は、取りに行きます。大学にも行きますが、会社も同時に経営します」



 目の前で担任の先生の目が点になっている。さやかさんは続けた。



「最近、色々なものに興味が持てるようになりまして、全部同時に始めることにしました!」


「でも、高鳥さん、会社を興すということは人生の一大決心になりますし……」


「あ、会社は既に興しています。隣にいるのが、専務と秘書です」


「は!?」


「現在、子会社を1社抱えていて、こちらは今年中に黒字化の予定です。ね? ね?」



 左右を向いて俺と東ヶ崎さんの方をそれぞれ見て笑顔で同意を求める さやかさん。



「はい、年商3億を超えて、黒字化は間違いありません」



 元々、歴史とポテンシャルはある会社なので、当たり前だ。俺は冷静に事実を答えた。



「さんっ!? ええ!? でも、そんなこと一言も……」


「校則に『会社を興してはいけない』と書かれていませんでしたので、特に許可はとっていません」



 これは詭弁だ。通学方法の禁止事項にヘリコプターやジェット機が含まれないのと同様だ。要するに役者が違うということだろう。


 それだと、わざわざ三者面談に俺と東ヶ崎さんを引っ張り出してきた理由が気になる。なんの理由もなく行動するような子じゃないのだ。



「西南大の推薦は取りたいので、お願いします♪ 今日は、両方同時でも何とかなるって美香ちゃんに伝えたくて二人を連れてきました」



 あ、先生が頭を抱えている。「美香ちゃん」はきっと先生の下の名前なのだろう。学生時代先生に親しみを持って下の名前で呼んだりしてたなぁ。


 俺は東ヶ崎さんの方にチラリと視線を送ったら、コクリと頷かれた。俺、何も言ってないのに。この人のマインドリーディング能力が怖い。



「会社の方は、我々が維持・発展させますので、先生は大学推薦の方でお力添えをお願いします」



 俺は誠実さを示すために、できるだけキリリと真面目な顔をして先生に伝えた。



「は、はい! しょ、承知しましりゃっ」



 先生がなぜか、座ったまま敬礼して答えた。語尾噛んでたし。



「私、これまで夢が持てなかったけど、美香ちゃん先生が『失敗してもいいからまずは動いてみたら?』って言ってくれたのが私の中で革命的で……。動いてみたらこうなったの」



 俺と東ヶ崎さんの両方を掌で指し示した。そのジェスチャーはまるで「さっぱり分からない」のポーズみたいだけど、俺たちが両脇にいるのだから「二人の部下ができました」という意味だろう。


 さやかさんの心に残る言葉を残せるなんて この先生はきっといい先生だ。就職についてはポンコツだと思った俺の方が見くびっていたのかもしれない。俺と東ヶ崎さんは先生に深々とお辞儀をして教室を出た。



「あ、高鳥さん、ちょっとだけいいかな?」



 俺と東ヶ崎さんが退室中に高鳥さんだけ先生に声をかけられた。俺は「廊下で待っている次の生徒に声をかけてください」とかの用事だろうと思い、振り返らず進んだ。



「ねえ、高鳥さんの部下の方、彼女いらっしゃるのかな? よかったら聞いておいてもらえないかな?」



 小さい声だったけど、とんでもない言葉が聞こえてきた。俺は額に手を当てて頭痛のポーズをした。横で東ヶ崎さんが声を殺して笑っている。


 きっと高鳥さんは「彼女いるって言ってましたよ」とか「売約済みらしいです」とか言って嗜めるのだろう。まさか「その彼女が目の前にいます」とは言わないだろう。


 いずれにしても帰ったら、俺はまた二人にイジられること決定だった。

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