第1.5章その後のみんなとは
第53話:アフターストーリー(1/8)
■幸せな朝食
「狭間さん、おはようございます」
「おはようございます」
ある土曜日、朝っぱらから俺は高鳥家のいつもの2階のリビングにいる。これまた いつもの椅子付きのテーブルの方に座っている。
昨日、ちょっと遅くまで仕事をしたので、今日は寝坊した。ただ、休みの日なので思いっきり寝過ごして さっき起きたところ。
「もうちょっと待ってくださいね~」
「あ、はい」
さやかさんは、朝からキッチンで せかせかと何かを作ってくれている。彼女のすぐ横には東ヶ崎さん。
とりあえず、俺の前にはコーヒーカップに注がれたドリップコーヒーが出されていておいしくいただいている。
コーヒーはいいのだけど、気になるのはキッチン内。
さやかさんも東ヶ崎さんもエプロンを着けていて、なんだか姉妹みたいで微笑ましい。エプロンというと、正面からの姿をイメージするかもしれないけれど、ここから見えるのは後ろ姿。
俺は強く言いたい。エプロンは後ろ姿こそいい!
さやかさんのスカートは短く、正面から見たらエプロンしか見えないかもしれない。ただ、後ろから見たら、エプロンの裾よりスカートの裾の方が短くて、エプロンの切れ目にミニスカートと長い足が見えて……ダメだ。朝っぱらから邪な目でしか見れない。
さやかさんの場合、いい意味でエプロンが似合っていない。違和感があるというか、ぎこちないというか、それなのにエプロンを着けて料理をしてくれている姿が見られるというのは眼福眼福。……きっと俺は変態だな。自信ある。
東ヶ崎さんも年齢は分からないけれど、かなり若いだろうなぁ。料理はおいしいし、手際もいい。エプロン姿も似合っている。さやかさんに料理を教えながら作っている姿はお姉さんのようだ。とてもいい。
美女二人がキッチンで俺のために朝食を作ってくれているという訳だ。多分俺はいま日本一の幸せものだろう。
*
「お待たせしました。召し上がれ♪」
程なくして、料理が載せられたディッシュプレートが俺の前に出された。そして、さやかさんは気持ちいいくらいの どや顔だ。
底が浅い木皿みたいなディッシュプレートの上には、サクッと焼き上げられたトーストが2つにカットされて載せされていた。
その他、スクランブルエッグ、ソーセージ、スライスチーズ、レタスとスライストマトのサラダが載っている。
完璧な朝食だ。さやかさんの どや顔も納得。
テーブルには、俺の他にさやかさん、東ヶ崎さんがついている。そして、二人して俺が食べ始めるのに注目している。……ちょっとだけ食べにくいんだけど。きっと俺の笑顔は固まっているだろう。
「い、いただきます」
「はい♪」
二人ともそれぞれ自分の前に置かれた同じメニューには手を付けず、俺に注目している。
トーストとスクランブルエッグを少しナイフで切って口に運ぶ。
もぐもぐもぐもぐ。
「うん、おいしいよ」
「ホントですか!?」
「よかったですね、お嬢様」
満面の笑顔でその場で飛び跳ねそうな勢いのさやかさん。妹の活躍を褒めたたえる姉のような東ヶ崎さん。
東ヶ崎さんって さやかさんのことを「お嬢様」って呼ぶんだっけ?
焼きすぎて焦げていたり、逆に生焼けだったり、マンガとかでよくあるお約束のような失敗はなく、ちゃんとおいしい。スクランブルエッグの味付けも あっさりしているけど、物足りなくない。俺好みの味かも。これはバターが利いているのかな?
さすが、東ヶ崎さんが横で監修してくれているだけのことはある。
「どうしたんですか? 突然、朝食を作ってくれたりして」
いつもは東ヶ崎さんが朝食を作ってくれている。さやかさんが作ってくれるのは初めてだろう。
「今まで、お料理に興味がなかったっていうか……食べさせたい相手がいなかったんだと思うんです。東ヶ崎さんが作った方がおいしいし、わざわざ自分で作る必要ないと思ってたっていうか」
なるほど、一理あるだろう。東ヶ崎さんの料理は本当においしい。俺は専門の家政婦さんだと信じて疑わなかったほどだし。
それなのに、わざわざ俺に作ってくれたということは、俺を喜ばせたいという気持ちからなのだろう。
「これ、ホントにおいしいよ」
「やっっっっったーーーー!」
その場で座ったまま、拳を引くタイプの渾身のガッツポーズで喜ぶさやかさん。
こんなに一生懸命作ってくれたのならば、少々粗削りでも美味しいと言おうと思っていたけど、これは本当においしい。
ホテルで出てきても1500円くらいするだろうし、彼女たちが作ってくれたと考えたらプライスレスだ。
「狭間さん、私がバイトを始めた理由って、いろんなものに興味がなかったからって言ったじゃないですか」
「そうだったね」
そう、さやかさんは、欲しいものは大抵買ってもらえる環境で、可愛くて容姿にも恵まれ、成績も良くて、友だちも多いというチートを絵にしたような子だ。
だからと言って全てが満たされてる訳ではなかったらしい。社会を知るためにバイトを始めたと言っていた。社会の「一般」を知ることで自分がいかに恵まれているのか知ることになったのだろうけど、幸い野菜を扱う仕事に興味がわいたらしい。
「お料理が楽しくて! おいしいものを作りたくなりました!」
「それは嬉しいなぁ。俺、食べる役~」
「もちろん、狭間さんに『おいしい』って言わせるために作るんです!」
軽口を言ってみたのだけど、意外に本気でそう思ってくれているらしい。「ありがと」と照れ笑いしながら俺が答えたのを、ニマニマしながら東ヶ崎さんが見ているのを俺は見逃さなかった。そんな目で見ないで……
「『美味しい食事を作りたい』って考えたら、『健康的な食事』とか『安全な食事』とかって意識がいって、改めて森羅のお仕事って大事だなって思ったんです。あと、農家さんを助けたいっていう狭間さんの考えにも益々 意味が分かったっていうか!」
俺はそれほど深く考えてなかったけど、一人で考えて、一人で興味を持ってくれたのならば、彼女は優秀だ。
「ここのところ、色々興味が出て来ちゃって、色々やってみたいんです! 色々見て、やってみて、自分ができることを見つけたいんです!」
すごい前向きだ。笑顔がすごくいい。いつものいじわるそうな笑顔はどこへやら。これも彼女には似合っている。
「あ、農家さん回りも再開したいので、狭間さんも付き合ってもらいますよ! 社長命令です! 拒否権はありませんから!」
株式会社さやかは、パワハラがすごい。ただ、俺がこれまでされてきたパワハラとは全く性格が違う。俺は彼女のやりたいこと、求めることを何とか実現してあげたくてしょうがない。多分、全力で叶えちゃうんだろうなぁ。
なんとなく東ヶ崎さんと目が合ったら、ニコリとしていた。まるで俺の思考が全て彼女に読み取られているかのような笑顔。そんな満面な笑顔で……
「とりあえず、明後日の午後はまた学校にきてください。恰好はスーツでお願いします。半分プライベートで半分仕事です」
仕事とプライベートが半々で、学校で行われるイベントなんてもんがこの世の中に存在するのか分からなかったけれど、彼女に言われたら俺はその通りにするのだろう。
まあ、どちらでもいいか、と思いながら休みの日の少し遅い朝食の続きを美女二人と共に楽しむのだった。
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