エピローグ
(1)
ガチャリ、と玄関の鍵が開く音が聞こえ、ソファで眠っていた我が家の愛犬、モモが顔を上げた。
「ただいま。ワンピの新巻出てたから買ってきた」
「ありがとう! 晩ご飯できてるよ」
彼は片手でネクタイを緩めながら、激しく尻尾を振るモモの頭を撫でた後、キッチンへと向かった。
「美味しそう。俺が好きなパンのやつだ」
「キッシュね。熱いうちに食べよ」
手分けしてテーブルに料理を並べていると、点けっぱなしのテレビから、彼の好きなアーティストの曲が再び流れ出してきた。
「GReeeeM? この曲懐かしいな」
「これすごい流行ったよね。10年も前なんて嘘みたい」
切長の目を輝かせる彼に相槌を打ちながら、キッシュを切り分ける。均等にカットするつもりが、不恰好な形になってしまい、気持ちが萎んだ。大きかったり、小さかったり、具で溢れ返っていたり、中身が空っぽだったり、まるで、私たちみたいだ。
「そういえば昨日、妹から電話があったよ。ななさんとまだ結婚しないの? だって」
「結婚かあ……。今年中には、したいね」
俯きがちにキッシュをフォークで弄る私に落胆した様子で、彼は小さな溜息を吐いた。
「去年もそう言ってたよな。まあ、気持ちが決まるまでは待つよ」
「ごめんね……ありがとう」
「俺、ななの今の名前好きなんだけどな。なんか、七夕みたいで綺麗じゃない?」
ーー綺麗な名前だよ。笹川七って、七夕みたいで。
懐かしい人の声が重なり、心が大きく波立った。
「……それ、出会った頃も言ってたよ」
「そうだっけ?」
「私は、良いと思うよ。あなたの名字でも。何気に韻踏んでるし」
平静を装って笑うと、つられて彼も安心したように笑った。だけど私の頭の中は、他のことでいっぱいだった。
伊原、今どこで何をしてるの? あなたに会いたい。
私たちが言葉を交わしたのは、卒業式の日が最後だった。それっきり、一度も会っていない。
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