(2)


 ある日の夜、家で予備校のテキストを解いている時だった。滅多に鳴らないスマホがメッセージを受信した。


[金曜の放課後、時間取れますか?]


 差出人を見て、目を疑った。そこには[新田 若葉]と表示されていたのだ。多香子や遥ならともかく、今まで我関せずを貫いてきた若葉が、今更何か仕掛けてくるとは思えなかった。


 迷った挙句、[分かった]とだけ返信した。何か思い当たる節が無いか頭を働かせたが、全く見当がつかない。そもそも、今まで私たちが面と向かって話したことなんてあっただろうか。



✳︎✳︎✳︎


「時間作ってくれてありがとう」


 若葉が連れて来てくれた純喫茶には私たち二人と、常連らしきおばあさんと、老年のマスターしか見当たらなかった。そこら中にアンティークの食器やランプが飾られており、まるで別世界のような、レトロな雰囲気が漂っている。空気中を漂う埃が窓から差し込む陽の光に照らされ、キラキラと光っていた。



「学校の近くに、こんなお店があったんだね……」

「いいでしょう。たまに一人で来るの」


 若葉は少し得意げに、ふふふ、と笑った。その顔はなんだか猫のように柔らかくて、私たちは随分昔からの友達だったような、そんな不思議な感覚に陥った。



「おすすめはやっぱりアイスコーヒーかな。でも、レモンスカッシュも美味しいよ。あとは、ナポリタンとオムライス、キーマカレー! ってそんなにお腹空いてないか……」


 こんなに饒舌な彼女を見るのは初めてだった。余程この店が好きなのだろう。こんな風に誰かと話すのが久しぶりだということもあり、思わず顔が綻んでいるのが自分でも分かった。


 ……ダメだ、簡単に気を許してはいけない。もしかしたら、誰かの差し金でここへ連れて来た可能性もある。そうは思いつつ、彼女のペースとこの店の雰囲気に飲まれていた。



 届いたアイスコーヒーを二人同時に口に運んだ。なるほど、確かに美味しい。安い缶コーヒーのような変な苦みは無く、コクのある味わいだ。ちらりと若葉を見やると、満足げに目を細めている。



「多香子から、伝言を預かってるの」


 彼女は音を立てないよう慎重にコーヒーカップをソーサーに置き、私を真っ直ぐに見据えて言った。

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