(6)


 ふと時計を見ると、23時半に差し掛かるところだった。名残惜しいが、終電までには帰らなければ。私は急いで麦茶を飲み干した。


「ご馳走さまでした。遅くまでごめんね」


「こちらこそ、家まで送れなくてごめん。妹を一人にするわけにはいかなくて……」


 申し訳なさそうな顔をする伊原に大丈夫だと伝え、立ち上がると、学習机に置いてある数枚の原稿用紙が目に入った。


「これ、反省文? ごめんね、こんな面倒なこと……」


「いや、先に手を出した俺が悪いんだ。頭に血が上って、安易に暴力を振るうなんて、最低だよな」


 伊原は表情をかげらせ、自虐的に吐き捨てた。その様子に、胸が痛む。


「私は遥をビンタしてくれて、スッキリしたよ」


 思い掛けず本音が漏れてしまい、しまった、と思った。おずおずと伊原の顔色を伺うと、少し驚いた顔をしている。


「そうか。なら、"あのクソ女をビンタできて清々した" と書くか……」

「ダメ! 謹慎延びる!」


 慌てる私を見て、伊原は悪戯っぽく笑った。



✳︎✳︎✳︎

 

 玄関先で別れを告げ、駅までの道を歩いた。2時間前とは全く別の景色に見えた。キラキラ輝いているのは、きっと夜の街灯のせいじゃない。


 これでもう、伊原への隠し事は無くなった。

 これから、密かに想い続けることくらいは許されるだろうか。


 電車の窓に映る自分の顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。だけど、私にはまだやることがある。スマホのメッセージアプリを起動し、多香子、若葉、遥の4人のグループトークを開いた。会話は6月を最後に止まっていた。



[もう友達はやめる]


 そう送信すると、すぐに既読がついた。画面には多香子のアイコンと、[わかった]の一言が表示されていた。


 ここまで、本当に長かった。多香子たちと友達になって、僅か半年にも満たないけれど、目まぐるしい毎日だった。思い返すと、最低の友達だった。だけど、お陰で伊原と出会えた。



[本当に退出しますか?]


 最後の確認画面が表示される。

 今までありがとう。さようなら。


 心の中でそう呟き、[はい]を力強く押した。

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