(4)
「伊原、この前保健室で、最初から罰ゲームに気付いてたって言ったよね? どうして分かったの?」
ずっと心に引っかかっていたことを聞いた。伊原は昼休みになると、教室から出て行くことがほとんどだった。だから、進捗報告のことは知る由もないだろう。神堂以外に友達はいないため、誰かに知らされたというのも考えづらかった。
「笹川が友達になろうって言ってきた時、今にも泣き出しそうな顔に見えて。誰かにやらされてるんだろうなって思った」
「そうだったんだ……。意外と鋭いんだね。私が顔に出やすいだけか」
自嘲気味に笑うと、伊原は首を横に振った。
「俺がその顔を知ってたから、分かっただけだよ」
「どういうこと?」
少し長くなるけど、と、前置きし、伊原はぽつりぽつりと話し始めた。
ーー伊原には中学生の頃、仲の良い親友がいたそうだ。サッカー部に所属していた彼は2年生になると同時にレギュラーに選抜され、代わりに、引退試合を控えていた3年生が外された。
それが、運の尽きだった。選抜落ちした3年生を中心に、元々彼に嫉み心を抱いていた数名のチームメイトが結託し、嫌がらせを始めたのだ。
試合中わざとパスを回さなかったり、部内の連絡事項を伝えなかったり、そういうことが続いた。それでも彼はめげずに、一度も練習を休まなかったという。
「子供って残酷だよな。嫌がらせが効かないと分かると、苛烈ないじめに発展した。敵が強ければ強いほど攻略し甲斐があるって感じで、アイツらにとってはゲーム感覚だったのかもな」
伊原は俯きながら、感情を押し殺したように淡々と呟いた。
ーー彼は日増しに弱り、澱んだ目をするようになっていた。何かあったのかと尋ねても、慌てて笑顔を作り、部活でちょっと疲れてるだけ、としか言わなかった。誰にも心配をかけたくなかったのか。それとも、いじめられているということが恥ずかしくて、親友の伊原には言えなかったのかもしれない。
それを目の当たりにしたのは、夏休みに入る少し前のことだった。教室に忘れられていた彼の空の弁当箱を届けようと部室に向かうと、中から話し声が聞こえてきたという。
『またスパイク買い直して来たの? しつけーなお前』
『早く辞めろよ、迷惑なんだよ』
嫌な予感がして、悟られないよう注意を払いながら小窓を開けると、ロッカーにもたれかかり項垂れている裸の親友の姿が目に入った。それを数名のチームメイトが囲み、見下ろしている。
『あのな、誰もお前のことなんか必要としてないんだよ。お前がいると、チームが弱くなる。本当に皆のことを想うなら、頼むから消えてくれよ』
無表情な彼の目からは涙が止めどなく流れ落ちていて、床には泥だらけの練習着と、切り刻まれた下着やスパイクが転がっていた。
「あまりのおぞましい光景に耐え切れなくて、弁当箱をその場に置いて逃げた。だけど、今でもたまに思う。あの時飛び込んでいれば、何か変わってたかもしれないって」
伊原はそう言って、拳を固く握り締めた。
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