6. 傷痕

(1)


 翌日学校へ行くと、伊原の姿は無かった。担任に詰め寄ったところ、一週間の謹慎処分が下されたという。一方的に暴行を受けたのは伊原の方だと訴えたが、理由はどうあれ、先に手を出した方にも落ち度はあるとのことだった。


 乱闘の原因については田中先生が相模達を問いただしたが、誰も口を割らなかったそうだ。相模は多香子を慕っている。彼女に不利益が生じないようにするため、真相は黙っておくよう、取り巻きに命令していたのだろう。


 しかし、結局誰の口から漏れたのか、三日も経つ頃には、罰ゲームや動画の噂は学年中に広まっていた。



ーー全部木津さんが考えたって……酷くない?

ーー遥がハブられてるのウケるんだけど。

ーーあの動画って誰が撮ってたの?

ーー笹川さんストーカーされてたんでしょ?

ーー伊原んちって父親いなくて超貧乏だって。

ーー親に虐待されてたってホント?

ーー高一の時、女子の体操着盗んだらしいよ。

ーー正直何考えてるか分かんなくて不気味だったし、このまま学校来ないでほし〜。



 ほとんどが、根も葉もない噂話や悪口だった。元々、スキャンダラスな出来事が無かった学年だからだろうか。それとも、多香子や相模など、目立つ人間が関与しているからだろうか。皆が水を得た魚のように、それを楽しんでいた。


 授業中も、昼休みも、移動時間も、帰り道も、常に好奇の目に晒された。今まで話したこともないような同級生から、面白半分で伊原のことを探るようなメッセージが来ることもあった。


 もう、うんざりだった。だけど全ては私のせいだ。私が最初に罰ゲームを断っていれば、こんなことにはならなかった。



 悪意、同情、好奇心、興味、嫌悪、さまざまな感情を最も向けられていたのは、被害者であるはずの伊原だった。罰ゲームの発案者である多香子や、動画を広めた遥や、加害者の私よりも。


 当の本人が不在にもかかわらず、この盛り上がりようだ。こんな状態で、来週から伊原はどんな顔をして学校に来ればいいんだろう。学校に来たら、どんな目に遭うんだろう。クラスメイトの心無い一言で傷付く伊原を想像するだけで、胸がズキズキと痛んだ。


 謝らなければいけない。罰ゲームのこと、怪我をさせたこと、今の状況を引き起こしたこと、全て伊原に謝らなければ。頭では分かっているのに、勇気が出なかった。


 謝るだけで、本当に許してもらえるだろうか。もう二度と、口を利いてもらえないかもしれない。

 この期に及んで、自分が傷付くことを恐れているなんて、私は救いようの無いクズだ。

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