(10)


「私、自分の何もかもが嫌い。顔も、中身も、声も、名前も全部……!」


 言い終えた後で、ふと我に返った。無意識に口をついて出た言葉だった。ボロボロの伊原に向かって、私は何を弱音なんて吐いているんだろう。そんなこと言える立場じゃないのに。



「そうか。俺はそうは思わないけど。綺麗な名前だよ。笹川七って、七夕みたいで」


 伊原がぽつりと呟いた。



--何でお姉ちゃんみたいにできないの?

--あたし、あんたみたいに生まれなくて良かった。

--姉ちゃんは優秀だったんだけどなぁ。

--ななちゃんと同じ班やだ。

--これ買ってくれるなら一緒にいてあげる。


--こっちはあんな奴友達と思ったことないから!


 

 今まで、両親や姉、先生、友達に言われてきた言葉が脳裏を過った。悪意の有無にかかわらず、どれもが私を深く傷付けるナイフのような言葉だった。

 

 自分の名字がずっと嫌いだった。家族の中で、私だけが出来損ないだったから。七という響きも嫌だった。ラッキーなことなんて何も無いから。私にはそぐわない名前だと思っていた。


 どこにいても居心地が悪かった。いつも何かが恥ずかしくて、誰かに謝りたい気持ちで一杯だった。


 

「七夕みたいで、綺麗……」


 けれど、伊原のその一言で、今まで自分を苦しめていた呪いの効力が不思議と薄れた気がした。初めて、自分の名前を綺麗だと思った。



「ありがとう。私、伊原に言わなきゃいけないことがあるんだ」


 私は涙を拭い、真っ直ぐに彼に向き直った。

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