(9)


 保健室には誰もいなかった。先生は伊原を空いているベッドに寝かせ、保健医を呼んでくると言い残し、部屋を出て行った。



「さっき、タナ先連れて来てくれてありがとう。助かった」


 伊原が瞼の傷をハンカチで押さえながら言った。


「そんなの、全然……そんなことより、ごめん。痛いよね……。本当にごめん……」


「なんで謝るんだよ。見た目ほど大したことないから大丈夫。瞼は皮膚が薄いから、出血しやすいんだ」


「跡とか残らないかな、大丈夫かな……」


「これくらいなら、塗り薬で治るよ。だからもう泣かなくていい」


 涙声の私の問いかけに、伊原は優しく微笑みながらそう返した。


 どうしてひどい嘘をついた張本人に、こんなに優しくしてくれるんだろう。罰ゲームのことを知っても何も聞いてこないのは、何故なんだろう。


 伊原は優しいから何も言わないだけで、きっと心の中では私に失望しているに決まっている。当たり前だ。私は3ヶ月以上も彼を騙し続けてきたのだから。もらった優しさを全部、仇で返すような真似をした。



 私たちは、これで終わりなの?


 答えを知るのが怖くて、聞けなかった。聞いたら全てが終わってしまう気がした。もう何もかも終わっているかもしれないのに。


 伊原に嫌われるくらいなら、もう生きている意味なんてない。この先あなたに会えなくなるくらいなら、私の命はここまででいい。


 だけど、そんなことを思う資格、私には無い。


 最初から罰ゲームを断る勇気があれば。途中で伊原に打ち明けていれば。そもそも、多香子たちと友達になんてならなければ。


 結局私は、我が身可愛さに彼の心も体も傷付けたに過ぎない。

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