(4)


「伊原くん! 一体どういうことなの!?」


 教室の後ろの方から喚き声が聞こえた。ハッとして振り返ると、委員長が伊原のイヤホンを取り上げ、仁王立ちで睨み付けている。



「何が?」


 伊原は眠そうな目を擦りながら、体を起こした。この様子だと、恐らく動画のことは知らないのだろう。彼が携帯を持っていないことと、友達がいないことに今だけ感謝した。



 平然とする彼に、委員長は苛立ちを募らせた様子で「彼女に謝るべきよ!」と続けた。


「違う、あの動画は……!」

「伊原〜お前インキャのくせにやるじゃん! 俺も童貞卒業してー!」


 私の弁解の言葉は、男子たちの下品な笑い声に掻き消された。



「ごめん……本当に何のことか分からない」


 伊原が困惑した様子で委員長に尋ねると、「まだ言い逃れする気なの?」と、彼女は呆れながらスマホを取り出した。



 ダメ、見ないで……。


 駆け寄って止めようとしたが、遅かった。委員長の手により、無慈悲にも再生ボタンが押され、伊原が私を押し倒したように見えるシーンが流れた。


 告白のシーンも含めると、伊原は何も悪くないことが分かるはずだ。しかし、その動画は伊原が私に覆い被さるところだけが切り取られていた。恐らく、必要なシーンはそこだけだから、多香子が予め切り取っていたのだろう。



「これ……」


 伊原が私の顔を真っ直ぐに見据えた。私は伊原の顔を、直視できなかった。詰問を止めない委員長、騒ぎ立てる男子、多香子に泣き付く遥の声……。頭がグルグルして、今にも意識を失いそうだった。



「今日はなんか騒がしいなぁ。始業式あるから体育館移動するぞー」


 伊原の口から次の言葉が発せられる前に、担任が教室に入ってきた。私はおぼつかない足取りで廊下へと向かった。



 このままだと、状況は悪化する一方だ。何とかしてみんなの誤解を解かなければならない。そして、伊原に謝らなければ……。

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