(6)
「今日は、伝えたいことがあって……。私、ずっと前から伊原のことが好きだったの。伊原の真面目なところとか、全部好きなの」
多香子が考えたセリフをなぞって言った。心が苦しかった。こんな風に、自分じゃない言葉で、伊原に気持ちを伝えたくなかった。
真面目に見えて、実はテストの点数があんまり良くないところ。掃除の時間、こっそり手を抜いているところ。冷たいように見えて、ただ不器用なところ。家族のために、何度落ちてもめげずにバイトの面接を受け続けるところ。意外と根暗じゃないところ。結構ビビリなところ。手が温かいところ。本当は誰よりも優しいところ。私を一人の人間として、尊重してくれるところ。
私は伊原の良いところを、たくさん知っている。こんな嘘の告白なんかじゃなくて、もっと違うシチュエーションで、本当の気持ちを伝えたかった。
いつも私が折れそうなときに、黙って側にいてくれてありがとう。苦手なくせに、励まそうとしてくれてありがとう。そんな伊原のことが、私は……。
「それは本心?」
伊原の声で、我に返った。怪訝そうな顔でこちらを見つめる彼を見て、心がバラバラになりそうだった。
ふと、姿見に映る自分の顔が目に入った。眉毛が、変な形をしていた。泣きそうな、笑っているような、失敗した福笑いみたいな、なんとも形容しがたい表情をしていた。
誰なんだろうこれは。なんなんだろう、コイツは。今すぐに、消えてしまえばいいのに。
伊原の次の言葉を聞くのが怖かった。とにかく言葉を紡がないと、心が破裂しそうだった。
「本心だよ! だから今すぐ私としようよ、伊原にとっても悪い話じゃないでしょ? クソ童貞野郎なんだし」
涙が溢れ出しそうなのを誤魔化すため、茶化すように言った。だけど、声が震えて、上擦っているのが自分でも分かった。
これ以上ボロが出る前に、早く動画を撮り切らなければならない。言い終えると同時に、スカートのホックを外し、シャツのボタンに手をかけた。
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