(5)


 スマホはベッドの向かいにある本棚に隠すことにした。ふと、並んでいる本が目に入った。



『人を惹きつける人間力』、『面白トーク術』、『コミュ力向上実践講座』……。



 同じようなビジネス書がズラリと並んでいた。


 口下手なの、本当は気にしてたんだ。普段は全然そんな素振り見せないくせに、家で一人で、こんな本読んでたんだ。


 本を手に取りめくると、いくつか重要そうなページに、付箋が貼ってある。



 愛おしさで、心が締め付けられた。私はこんなに純粋な人を、数ヶ月に渡って騙した挙句、今から嵌めようとしているんだ。


 涙が溢れそうになった。だけど私は、泣いていい立場じゃない。



 感情を押し殺し、動画撮影モードにしたスマホを本棚の隙間に挟んだ。ここからなら、恐らく問題なく一部始終が撮れるだろう。



 ベッドの側に置いてあったクッションに腰掛け、辺りを見回した。本棚の上に、伊原には似つかない可愛いテディベアが置いてあった。


 側に飾られているメッセージカードには、たどたどしい字で "お兄ちゃん お誕生日おめでとう"と書かれている。恐らく、幼い妹からのプレゼントなのだろう。



 今から自分がしようとしていることの恐ろしさに、背筋が凍る。だけど、もう、後には引けない。



 部屋の扉がノックされた。どうぞ、と声を掛けると、伊原は申し訳なさそうな顔をして「これしかなかった」と市販薬を差し出した。


 私はそれを受け取ることなく、彼の顔を真っ直ぐに見据えた。

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