(3)


「浮かれてたねぇ……」

「神堂くんに言われたくないんだけど」


 伊原を送った帰り、神堂と歩きながら駅に向かった。電車を待っている間、スマホを見ていると、若手俳優同士の電撃結婚のネットニュースが目に入った。それを横目で見た神堂が「結婚ねぇ……」と呟く。



「伊原なな……ってアリだよね?」

「はい?」


 神堂が口をあんぐりさせて聞き返す。自分でも馬鹿げたことを言っていると思ったが、どうせ神堂には伊原への気持ちがバレているからと、開き直っていた。



「今の名字より断然好きかもしれない……何気に韻踏んでるし!」

「どういう遊びなの、それ……」

「好きな人の名字と自分の名前の響きを確認するのは、女子あるあるだよ」

「ふ、不毛……」

「うるさいなっ!」


 同情の目で見てくる神堂の肩を小突き、到着した電車に乗り込んだ。窓から差し込む夕陽が車内をオレンジ色に染めている。先に神堂の最寄駅に到着し、手を振って別れた。



✳︎✳︎✳︎


 家に帰ると、姉の部屋から複数の男女の笑い声が聞こえてきた。大学の同級生だろうか。なるべく足音を立てずに通り過ぎようとしたが、タイミング悪くドアが開き、一人の男性と鉢合わせてしまった。男性は気まずそうに軽く頭を下げた後、トイレに入って行った。



 暫くして、姉の部屋から「やっば! 妹全然似てないんだけど!」と笑い声が聞こえてきた。恐らく、先程の男性だろう。姉がそれを嗜めたり、怒ったりする様子は全く無かった。


 いつもなら、そんな心無い発言に胸を痛ませていたかもしれない。だけど、今日はなぜかそこまで落ち込まなかった。伊原の私服姿を思い出した。笑う顔を思い出した。夏休みに、伊原に会えたことが嬉しかった。


 

 姉たちの声が聞こえないよう、ベッドに潜り込んだ。今日一日の出来事を頭の中で反芻しながら、いつの間にか眠ってしまった。

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