(2)
予備校が休みの日、珍しくスマホが震えた。横目で確認すると、[神堂 唯]と表示されているアカウントからメッセージが来ている。
[今から蛍くんと会うけど、来る?]
そういえば、夏休みに入る前に神堂と連絡先を交換したのを忘れていた。
私は伊原の家の電話番号を知らない。番号を聞く勇気もなければ、二人きりで遊びに誘う度胸もなかった。
だから、もし神堂が夏休みに伊原と会うことがあるなら、自分も誘って欲しいと、厚かましいお願いをしていたのだ。神堂は律儀にそれを守って、連絡してくれたのだろうか。
[いいの? ありがとう!]
[僕は嫌だけど、蛍くんが君も誘えば? って]
……律儀は取り消そう。だけど、伊原が私のことを気に掛けてくれたことが何よりも嬉しく、心が弾んだ。
昼過ぎに待ち合わせることになり、急いでシャワーを浴びた。どんな服を着て行こう。新しいワンピースを卸してみようか。気合いが入り過ぎていると、引かれてしまうだろうか。
夏休みに入ってから、2週間と少しが経っていたが、こんなに浮き立つ気持ちになるのは初めてだった。
✳︎✳︎✳︎
約束の駅に向かうと、二人はもう着いていた。真夏にも関わらず、伊原も神堂も真っ白で、私は日に焼けた自分の肌が少し恥ずかしくなった。
「蛍くん、会いたかったよ〜」
「ごめん、バイト入れすぎて……」
二人のやり取りを眺めつつ、私は2週間ぶりの伊原に胸が高鳴っていた。私服を見るのは初めてだ。シンプルなジーンズにTシャツだけど、なぜかとても眩しく見えた。
「久しぶり。元気だった?」
「ひ、久しぶり! 元気元気!」
伊原に急に話し掛けられ、いつも以上に挙動不審になってしまった。見惚れていたことに気付かれただろうか。
にやつきながら私を見る神堂に、しっしと追い払うような仕草をすると、伊原はキョトンとした顔で「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」と言った。
私は、家族や多香子たちと居るときよりもずっと自然体でいられる自分に気付き、驚いた。常に気を張り詰めることなく振る舞えるのは、楽だった。誰かと比べられることなく対等に接してもらえることが、嬉しかった。
それから、ファストフード店で昼食を済ませ、映画を観に行き、アイスを食べた。これまでの人生の中で、最も幸福な時間だった。この時間が永遠に続けばいいのに、と願った。
そろそろ妹にご飯を作らないといけない、と伊原が言い出し、日が暮れる前に解散になった。伊原と少しでも長く一緒にいたかった私と神堂は、彼を強引に家まで送り届けた。
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