第4話――チャーミンという女【後編】

 チャーミンは加護のおかげか、何となく効果のある薬草を見分けたり、新薬を開発する能力に長けていた。世のため人のために役立てるのならまだいい。その目的はライバルを蹴落としたり、恩を売りつけ味方に引き入れるためなのだから救えない。


 スピネリウスたちの婚約発表式典の後、チャーミンは病気の母親の薬代にも困っていたシュリー=ガーラック男爵令嬢に、高価な薬を提供するのと引き換えに、プリッカの飲み物に強力な媚薬を盛るよう命じた。そして既成事実を作らせるために休憩室で待機させたのが、先ほどチャーミンを縛り上げた大柄の黒騎士オンヌ=ガーラックだった。


 アメトリンの説明から推測するに、休憩室前で顔を真っ青にした挙動不審の侍女を見かけ、保護して事情を聞いたのだろう。彼はスピネリウスの筆頭婚約者候補だったチャーミンとの新たな婚約話が持ち上がっていたので、恐らく自分なりに調べて警戒していた。ストーカー化するほど甥に執着していた彼女が、大人しく引き下がるわけがない。必ず何か仕掛けてくるはずだと。


 予想は的中し、あまりの胸糞悪さにアメトリンはチャーミンを必ず潰してやる事に決めた。とは言え、相手は『緑竜の巫女』だ。下手な処罰は少なからず反発を呼ぶ。そこで予定通り結婚はするが、お飾りの妻として一生監視下に置くという結論になった模様。初夜に飲むワインに、預かった媚薬を盛ったのは意趣返しだろう。

 ちなみにチャーミンの脳内では、スピネリウスもアメトリンもチャーミンを愛していて、叔父のために王太子は泣く泣く身を引いた事になっている。ストーカーの超解釈は、前世の自分自身ですら理解不能だった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「なんて言うか……すげぇ女に転生しちまったもんだな」


 ベッドに寝転びながら、俺はしみじみ呟く。土砂崩れで生き埋めになったと思えば、ドラゴンが実在するファンタジーな世界でストーカー女に生まれ変わるとは。現実逃避できるならしたい。


「しっかし数滴で理性がぶっとぶ媚薬を一瓶も飲んで、よく生きてたな俺」


 チャーミンとしての記憶が戻った今、自分で調合したから効果はよく知っている。憎い恋敵だからってそんな劇薬で破滅させようとするチャーミンも恐ろしいが、下手したら死ぬ量を報復で飲ませるアメトリンも大概だろう。ついでに窓ガラスに激突して額も割れてたしな……


【我の加護が強ければ、あの程度はすぐ解毒可能だ】

「ふーん、まあ途中までは死ぬほど苦しかったけどな。それがきっかけで前世の記憶なんてもんが戻っちまうし、チャーミンの人格も死んでねえかこれ?」


 個人的にはずっと寝ててもらった方が平和だけど……見てくれだけは美少女の体を丸投げされても、おっさんは困っちゃうわけだよ。俺、このまま一生女として生きてくの? 困るわー。


「そういや、記憶が戻る前ってグリンドの声、聞いた事ないみたいだな? 聞こえるふりして我儘三昧だったわけだが、結局は『緑竜の巫女』ってのも嘘だったのか?」

【それは本当だ。そなたは我が愛し子……だが王太子に心を奪われて以来、我が声は届かなくなった】


 なるほど、恋は人を狂わせると言うが、チャーミンの場合はストーカーレベルで狂ってたもんな。現在グリンドの声が聞こえるのも、人格が男になった影響か? 何にせよ、体と心の性別の違いに脳内神様、おまけにフォロー不可能な前科の数々……俺、新たな人生をちゃんと送れるんだろうか?


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