第3話――チャーミンという女【前編】
チャーミン=グリンダ伯爵令嬢は、王国が誇る『ドラゴン騎士団』団長の娘で、竜の姿をしていると言われるこの国の守護神の愛し子でもある。竜神グリンドは実に気まぐれな気質で、加護を授けたのは王家でも神殿でもなく、伯爵家という変わり種の神様だった。『グリンダ』という名も竜神にあやかって付けられたものだ。
この国は竜の生息地であり、古来より人と竜は共存してきた。特に気性が荒い竜を乗りこなし、移動や戦闘が行える『ドラゴン騎士団』は、実力さえあれば誰でも入団可能というだけあって国内外でも一目置かれる存在で、団員になれる事は誉れでもあった。
グリンダ伯爵家当主は、そんな騎士団の長を代々受け継いできた。子孫たちは身体能力がずば抜けて高く、国内においてはちょっとやそっとでは負傷せず、また毒にもある程度耐性がある体質となったので、国防の要として最強騎士団の団長という職を担ってきたのだ。その代わり、不要な権力闘争を避けるために伯爵以上の地位は与えられなかったが、実質様々な面で特別扱いをされている。
例えば、その血に流れる守護神からの寵愛の証だ。グリンダ伯爵家の特徴として、エメラルドを思わせる艶やかな髪と瞳を持っているが、時折強い魔力を宿した黄金の瞳を持った子供が生まれる時もある。そしてその子は、守護神と心を通じ合わせ言葉を聞く事ができるのだとか。
それも初代から孫あたりまでは全員黄金の瞳だったのが、代を経るごとに持つ者が減っていき、今となってはチャーミンが五代ぶりなのだから、最早神話や伝説の域ではないかとも言われている。
久々の金眼持ちである事、また幼少期に変わった言動が見られた事で神の声が聞こえているのではと評判になり、チャーミンは『緑竜の巫女』とまで呼ばれた。守護神の加護が欲しい王家がスピネリウスの婚約者候補になったのも当然だった。
貴族令嬢は十歳で候補者になれば、家に教育係が派遣され王子妃教育がスタートする。そして十五で正式な婚約者が決められるのだが、チャーミンも今から七年前に候補者として登城し、スピネリウスとの初顔合わせを行った。その容姿は愛くるしく、当初王家の者たちは皆、彼女に好印象を抱いた。
が、後に王家は彼女を筆頭候補者に選んだ事を後悔するようになる。
スピネリウスに一目惚れしたチャーミンは、彼のストーカーになってしまったのだ。
顔合わせを行って以来、王宮にはチャーミンから王太子宛ての手紙が毎日届けられる……そう、毎日だ。多い時には一日二通来る。中身はさほど重要ではない事を熱烈なスピネリウスへの愛と絡めながら仰々しく綴られている。しかも一通ごとに返事が届かなければ「何かあったんじゃないか」「自分の存在を忘れたのではないか」と次の手紙に恨み言が交ざり、終いには王宮に押しかけられる。
また、嫉妬深くて他の候補者への嫌がらせが激しい。王宮で顔を合わせた際、まるで魔物に睨まれたような圧力を感じ、ストレスで辞退した令嬢もいる。侍女やメイドなどの使用人ですら、女とあればスピネリウスに近付くのを嫌がる。
他にも彼の肖像画を自室に飾り毎日話しかけているとか、寝る前に夢の中で会えるようにと毎晩ベッドの中で名前を呟き続ける、手料理を食べて欲しくて差し入れるも鑑定の結果、廃棄処分になったなど、異常行動に暇がない。
ついに嫌気がさしたスピネリウスは留学を理由に国外逃亡し、三年間帰ってくる事はなかった。そして隣国のグリンカ辺境伯の娘プリッカを婚約者として招き、その存在を伏せていた一年間で王妃教育を終わらせ、スピネリウス二十歳の誕生日に合わせて婚約を発表した。
王家としては息子自らが選んだ相手に諸手を挙げて賛成した。
チャーミンの奇行に辟易していたものの、彼女を候補者から外す口実にはならない。王妃教育自体は真面目に受けていた事、貴族からの評判は頗る悪いが何故か庶民からは人気があった事、何より『緑竜の巫女』の力を授かっている事が大きかった。
しかしグリンカ辺境伯家はグリンダ伯爵家と同じく、緑竜信仰の流れを汲む神官の家系で、隣国における神殿の最高責任者でもあった。自国のクリスタル神殿からも後見人を引き受けると返事が来ている。つまり無理をしてグリンダ伯爵家の血を王家に入れる必要はない。
守護神の加護は惜しいが、王族との結婚であれば王弟アメトリンに嫁がせるのも有りだ。国王とは歳が離れた兄弟で、スピネリウスの数歳上の叔父であり、身分・外見共に文句のつけようもない。グリンダ伯爵にも婚約者が決まった事や代わりの花婿候補について打診しており、色よい返事を受け取っている。
だから、甘く見ていた。
チャーミンの異常なまでの執着を――
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