レストラン
「いやぁ、最高だったなぁ~。こんな地元の海でも、色んな魚がいるもんだな」
ダイビングを終え、陸に上がったやわたんが目を輝かせながらヒロに話しかけた。
「そうだな。沖縄とか行けばもっと色鮮やかな魚はいるが、ここの海も捨てたもんじゃない」
ヒロのその言葉にうんうんとやわたんが頷く。
「ほんとだよなぁ。しかも、美味しそうなヤツも見つけちゃったし」
そう言うと、やわたんは黒いトゲトゲの生物をヒロに見せた。
ウニだ。
「おい、それは今すぐ海にかえせ」
ヒロはやわたんの持っているものがウニであると確認すると、少し厳しい口調で注意した。
「えぇ~? 何でよ~。新鮮で美味そうじゃん」
「そういう問題じゃない。お前それ、密漁だぞ?」
「えっ? そうなの? そんな大げさな」
「冗談じゃなく本当だ。今日潜った所は禁漁区域で、ウニを勝手の取っちゃダメな場所だ」
「そんな場所なんてあるの? 良いじゃん、バレないって」
「いや、俺にバレているぞ」
ヒロはあえて冷たく言い放った。自分が良く潜っている海でそういった事をやられると困るということも有るが、恋人が犯罪を犯すという事が許せなかったからだ。
「……ちぇっ、分かったよ」
やわたんはそう言うと、名残惜しそうにウニを海へかえした。
「そんなにウニが食べたいなら食わせてやるから、早く着替えて来い」
ガックリと肩を落としているやわたんの背中を、ヒロは優しく押した。
「まじまじ? やった~。すぐ着替えてくる」
すると一変、やわたんは飛び跳ねるように更衣室へ向かっていった。その姿をヒロは軽くため息をついて見守った後、自分も着替えるために男子更衣室へ向かった。
着替えを終えた二人は、潜った海からほど近い高級ホテルにある最上階のレストランへ来ていた。窓際の席に座ったヒロの後ろは、ガラス越しに海が一望出来る。
「おいおいおい、ここってものすごく高いんじゃないの?」
やわたんが落ち着かないようにキョロキョロと辺りを見回す。
店内の様子や他の客の恰好などを見て、まるで場違いであるかのように落ち着きがない。
「まぁ、普通に来たら結構するだろうな」
しかし、そんなやわたんとは対照的にヒロは落ち着いている。
「しかも、ドレスコードとかあるんじゃないか?」
「あぁ、その辺は心配しなくても良い」
「いやいやいや、明らかに学生が来るところじゃないよね? 俺、制服のままなんだけど」
「学生にとっては制服が正装だろ? 現に俺はTシャツにジーンズだ」
すると、二人の席にホールの責任者と思しき人物が近づいてきた。手にはトレーを持っており、そこには水の入った瓶が乗せられている。
そして、テーブルに置いてあるグラスに水を注ぐと、ヒロに向かって話しかけた。
「いらっしゃいませお坊ちゃま。今日はガールフレンドと一緒ですか?」
「ああ、そんな所だ」
ヒロがそう返事をすると、ウェイターはやわたんに向かって笑顔で語りかけた。
「お坊ちゃまは少し真面目過ぎる所がありますが、今後とも仲良くしていただけると私も安心できます」
「は、はぁ……」
状況が把握できていないやわたんは、そう返事するので精一杯だった。
「おい
「はい、畏まりました」
君塚と呼ばれたウェイターは深々とお辞儀をすると、華麗なターンを決めテーブルから離れて行った。
「なんだ? いつまでもポカンと口を開けて」
未だ状況が飲み込めず、口が半開きとなっているやわたんに対し、ヒロが話しかけた。すると、やわたんは我に返ったように「はっ」っとヒロの方を向いた。
「ぼ、坊ちゃまってどういう事? え? もしかしてヒロってすんごくお金持ち?」
ヒロはゆっくりとした仕草でグラスの水を一口飲むと「まぁ、否定はしない」と肯定した。
「ウソだろぉ。もしかして、このホテルの経営者って親って事?」
「一応そうなるな」
「え? じゃあさっき道具を借りたダイビングショップも、親のお店?」
「いや、あれは俺のお店」
ヒロのその発言に、やわたんはただ口をパクパクとさせるだけだった。もはや言葉も出ない。
「そうか、まだ渡してなかったな。はい、俺の名刺」
ヒロが財布から名刺を一枚取り出すと、やわたんの前の置いた。
海洋堂株式会社
代表取締役社長 海堂 洋
「事業は主にダイビングショップの経営とインストラクター業だ」
やわたんは目の前に置かれた名刺を凝視している。
「なんか、もう、良く分からないんだけど」
「まぁ、俺が学生起業家だって事は気にしなくていい。むしろ今まで通り接してくれた方がありがたい」
「う、うん。分かった。なるべく努力する……」
すると、テーブルには前菜が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。ウニのフラン、コンソメジュレ添えでございます」
ショートカクテルグラスの器に盛られたその料理を見て、やわたんは言葉を失った。こんなお洒落な料理など今まで間近で見たことが無く、ウニだって回転ずしでしか食べたことが無い。しかもそのほとんどが身が崩れたようなウニだった。
しかし、今目の前にあるウニは、粒の一つ一つがしっかりしていて、発色も良く食べるのがもったいないと感じさせるほどだ。
「こ、これ、本当に食べていいの?」
「もちろんさ」
「い、頂きます……」
やわたんは少し気後れしたような声を出すと、用意されたスプーンを手に取り、ウニを一つだけゆっくりと口に運んだ。
「――っ!!」
そして食べた瞬間、目をまん丸に見開いた。
「ヤバい……美味しすぎる……」
じっくりと味わった後、少し震えた声でそう呟いた。
「そうか。それはよかった」
そして、あっという間に完食してしまった。
「今まで食べたウニの中で、ダントツに美味しい」
「良かったら、俺の分も食べるか?」
物足りなそうに空になった器を見ているやわたんに対して、ヒロがまだ手を付けていない自分の分を差し出した。
「えっ! 良いの?」
「あぁ。俺は何度も食べているし、贅沢だがウニに少し飽きてるんだ」
「そ、それなら遠慮なく」
ヒロから差し出された器を受け取ると、これもまたあっという間に完食してしまった。
そしてその後は、エンドウ豆のビシソワーズスープ、魚料理は
デザートのイチゴのムースケーキを食べ終え、食後の紅茶を飲みながらやわたんは感嘆の息を漏らした。
「はぁ~、すごい幸せ。もう少しこの余韻に浸っていたいな」
窓から見える景色はもう闇に包まれており、見えているのが海なのか空なのか全く分からなくなっていた。
「じゃあ、泊って行けばいい」
ヒロはそう言いながら、ホテルの一室のカードキーを取り出した。
「えっ? えっ?」
「すぐそこのプレミアムスイートを抑えてある、さぁ行こうか」
ナプキンで口元を拭いテーブルに置くと、ヒロは立ち上がった。そして、なおも困惑を続けるやわたんをおいてスタスタと歩き出した。
「ちょ、待って待って」
やわたんは慌てて立ち上がると、急いでヒロの後を追いかけた。レストランを出る時に君塚とすれ違うと「ごちそうさまでした」と頭を下げた。
対する君塚は「ありがとうございました」と仰々しくお辞儀をし、プレミアムスイートに入って行く二人を見送った。
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