ダイビング

 週明けの月曜日。放課後の教室にいるアンとネコの所に、欠伸をかみ殺しながらやわたんがやって来た。勿論、別の高校に通っているヒロの姿はそこにはない。

「あぁ~~授業ダルかった~~。明日開校記念日で休みなんだから、今日も休みにしてくれたって良いじゃんね? そうすればネコと四日間も一緒にいられたのによぉ」

 まるで教科書など入っていないかの様な薄っぺらいカバンを肩にかけたやわたんが、ため息をつきながら不満をはき出した。

「うんうん、確かに」

 やわたんの不満に対し、同調するようにネコが頷いた。アンはというと、心ここにあらずと言った具合で、宙に視線を彷徨わせている。

「アン~? どうしたの?」

 ネコのその言葉にも反応しない。

「アンちゃん? もしかして、ヒロに振られた? そしたら今度はおr――」

 すかさずネコの手刀がやわたんの腹にヒットした。

「やわたん? 浮気はダメよ?」

「うぅ……、はぁ~~い」

 やわたんが空いている机にカバンをドサッと置き、椅子に腰かけた。その音に我に返ったのか、アンがポツリと呟いた。

「私、ヒロくんと付き合っているみたい」

「あれ? そうなの? あいつは両思いだなんて言っていたけど」

「あの、それがどうやら違って、私はそんな気は無かったんだけど、キスの事を聞いたら、とっくに付き合っているつもりだったって……」

「おお! なるほどな! まぁ確かに、あいつ人の話聞かない風な所あるしな」

「それで? アンはどう思ってるの? ヒロの事」

「私も、多分好き。まだはっきりと心の整理が出来ている訳じゃないんだけど、嫌いじゃないから……」

「そうだよ~。嫌いじゃなければどんどん付き合っちゃえば良いんだよ。俺たちの青春は短いのさ」

「何悟ったように言ってるのよ。まぁ、最終的にどうするかはアンが決める事だからさ。私は出来る限り応援するし、なんだかんだやわたんも協力するはずだから」

「おうよ! 任せときなって」

「う、うん。ありがとう。それでね、実はこの後、海に潜らないかって誘われてるの

 」

「おっ! 良いじゃん良いじゃん。みんなでダイビングしようぜ」

「いいねぇ。私も潜って見たかったのよぉ。絶対楽しいって」

「明日休みだしさぁ、全然これから潜っても大丈夫っしょ」

 時期的に夏休み明けの九月という事もあり、まだまだ日は長い。近場をちょっと潜るだけなら、問題ないだろう。そうアンも思っていた。

 ただ、ヒロと二人きりで行くより、やはりみんなと行きたいと思い提案した。

 だが、突然校内放送でネコの名前が呼ばれた。

『一年三組、平山寧子さん。至急、職員室まで来てください』

 それは、アンとネコのクラスの担任の声だった。

「ヤバッ!」

「おい~、どうした? ネコ」

「進路希望の紙、提出してなかった! ちょっと行ってくる」

 ネコは席を立ちあがると、カバンを手に取り急いで教室を出て行った。

「いってらっしゃ~い」

 慌てて教室を出て行くネコに、やわたんはヒラヒラと手を振って見送る。

「やわたんは、もう提出したの?」

「おうよ! 俺は就職で提出したよ。アンちゃんは?」

「私は進学……。大学には行っておきたいから」

「そっか〜。アンちゃん美人だしスタイル良いから、モデルとかやればいいのにな〜」

 やわたんのストレートな表現にアンは顔を赤くした。

「わ、私は、目立つことがあまり好きじゃないから……。モデルなんて、その、出来ないよ。でも、もう就職するって決めてて、やわたんは凄いね」

「そうかぁ? 俺は一刻も早く就職してネコと結婚するつもりなんだ。まぁ、もし就職出来なかったとしても、動画配信者とかになって稼ぐけどな〜」

「えっ!? け、結婚!?」

「まぁね。あっ!! でもこれ、ネコには内緒だぜ?」

「ふふっ」

「なんで笑ってんのさ?」

「いや、やわたんて、思ってたより真面目なんだなって」

「おいおい〜、俺の半分は真面目で出来てるんだぜ?」

「じゃあ、残りの半分は?」

「う〜ん。愛、かな」

 そういうとやわたんは、軽く触れるようなキスをアンにした。あまりの突然の出来事にアンは目を丸くした。

 二人の顔が離れた瞬間、バタバタと足音を立てネコが教室に戻って来た。

「やわたんやわたん。先生に映画の試写券貰っちゃったー。期限が今日までだからいこー」

 映画の試写券二枚をヒラヒラと振りながらやわたんに近づくと、腕を強引に引っ張った。

「ダイビングはまた今度出来るし、この映画見たかったのよね【貴方の膵臓頂きます】。超切ないラブストーリーだって有名だし。ねっ、いこ?」

「お。おい……」

 アンがネコを止めようと立ち上がるが、

「ごめんね、アン。今回は二人だけで楽しんできてね。また今度一緒に行くから」

 そう言ってネコは、そのままやわたんの体を連れて行ってしまった。

「俺を置いて行ってどうするんだよ……」

 残されたアンの体に入ったやわたんは、そう呟くしかなかった。



 夕暮れの海、そこにはヒロがダイビングの道具を揃え一人佇んでいた。

「おーい、おまたせー」

 そこに息を切らして現れたのはアンだ。

「いや、俺も丁度準備が出来てきたとこ」

 既にヒロはダイビングスーツを身に着けている。

「いや~、ネコ達も誘ったんだけどさ、あいつら映画見に行くって行っちゃんたんだよね~。なんか貴方の内臓が何とかって映画」

「それを言うなら【貴方の膵臓頂きます】だろ? っていうか、お前八幡だな?」

「おっ、やっぱわかる~? アンちゃんが綺麗だったからさー、いけないと分かっててもつい軽くキスしちゃったんだよね~」

 その言葉を聞いてヒロの顔が険しくなる。

「くそっ、八幡の奴後で覚えておけよ」

 自分の彼女が別の男に、軽くとはいえキスをされた事に腹を立てないはずがない。

「ん? なになに~?」

「いや、何でも無い。ほら、ここに道具揃ってるから、あっちの更衣室で着替えてきて」

「おっけ~」

 やわたんはヒロからウェットスーツを受け取ると、軽い足取りで更衣室へ向かった。


 やわたんが着替え終わりヒロの元へ戻ってくると、ヒロは早速レクチャーを開始した。

 道具の種類や使い方、海に潜る際の注意点やハンドサイン等、素人でもすぐ覚えられる簡単なもののみ説明した。

「まぁ、習うより慣れろだ。どんな事が有ってもまず慌てない事。決して俺から離れないように」

 一通りレクチャーを終えるとヒロが落ち着いた口調でそう告げた。

 水中でパニックになると、まともに呼吸が出来なくなり溺れてしまう。さらに会話が出来ないため、溺れていることに気付きにくい。そのため、ハンドサインで状況を伝えるために冷静でなければならない。

「よっしゃー、早速もぐるぜー」

 ヒロの忠告を聞いているのか聞いていないのか、やわたんは早速マスクを装着し、レギュレーターを口に咥えた。

 ヒロがやれやれといった具合で首を振るとヒロ、続いてやわたんの順で海へ入った。


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