突然のキス

 駅前広場から海浜公園までは歩いて30分ほどかかる。アン達とネコ達は少し距離が離れているため、お互いの会話は聞こえない。仲睦まじく会話をしながら歩くネコ達に対し、アン達はほとんど会話が無い。アンに至っては俯きながら歩いている。それには理由が有った。まず何を話せばいいのか分からないという事と、ネコと話せない事でイライラが募っていた。

 だが、その沈黙を破る様にヒロが言葉を発した。

 「な、なぁ。俺の事はヒロって呼んで良いから、アンって呼んでいいか?」

 その声は決して大きなものでは無かったが、低い男らしい声でアンの鼓膜を揺さぶった。

「え? あ、うん……」

 意識をネコ達に向けていたアンは、突然話しかけられたことに少しだけ驚き、思わず返事をしてしまったが、本当ならばあまりいきなり下の名前で呼ばれたくはない。だが、ヒロの目力に思わずうなずいてしまったのだ。

 そして、返事をもらったことにチャンスを感じたヒロは、更に言葉を続ける。

「お、俺。スキューバダイビングが趣味なんだ」

 「そう。でも、私泳げないから……」

 その二人の様子を先をゆくネコとやわたんがニヤニヤとしながら時折振り返り観察する。

「なぁ、あの二人いい感じじゃんね。やっぱヒロを紹介してよかったぜー」

「だね〜。お互い緊張しあってるのが可愛い。ってか、どこでヒロと知り合ったの?」

「だから海でって言ったっしょ? 丁度ナン――なんか良いデートスポット無いか海に行ったら、一人ポツンと立っててよ。どうしたんだ? って聞いたらダイビングをしてるんだって。んで、色々話してたらタメだってわかって、しかも男子校だから彼女がなかなかできないって言うから、じゃあ俺が紹介してやるよって」

「やわたんやっさしー。真面目そうな感じとかアンにピッタリそうだし」

「だろ? しかも起業家だってんだから驚きだよな。同じ高校生とは思えねーよ」

「え〜〜! すご〜〜い!!」

 そんな風に手を繋ぎながら話している言葉も、少し離れたアンの耳には同然届かない。そして、隣で一生懸命話しかけているヒロの声も、アンの耳には入っていなかった。前を歩く二人の様子が気になっていたからだ。

「――それで、アンちゃんの好きな物って何?」

 適当に相槌を打っていたアンの意識を呼び寄せたのは、その言葉だった。アンの好きなもの。勿論それは――

「……ネコちゃんが好き」

 そう、目の前を楽しそうに歩いているネコ。決して動物の猫ではない。

「ネコか。確かに可愛いもんな」

「やっぱり!?」

「お、おう」

「基本こっちが甘える事が多いんだけど、向こうから甘えてくるとたまらないのよ」

「そうだよな。はしゃいでる姿を見ると、こっちもテンション上がるもんな」

 自分の考えを理解してもらえたと喜ぶアンだが、残念ながらヒロは勘違いをしていた。

「あのね、私にはあまり人に言えない秘密が有るの……」

「えっ!? 秘密?」

「う、うん」

 ヒロが真剣なまなざしでアンを見つめる。キラキラと輝く瞳に心を奪われるかのように。

「その、わたし、好きな人とキスをすると、入れ替わる事が出来るの」

 一瞬アンは馬鹿げた話と一蹴されるかと思ったが、ヒロはそれでもまっすぐにアンを見続ける。

「体はそのままなんだけど、心だけ入れ替われるの。だから――っ!」

 すると突然ヒロがアンに口づけをした。

 突然の事態に動揺するアン。しかし、気弱な性格から強く拒絶もできずに居た。

(えっ? えっ? どういうこと?)

 パニックになる脳内をなんとか落ち着かせ、体を少し押しのけ、触れあっている唇を離すことに成功した。突然の出来事に、ヒロの顔を見れずに俯く。その顔は、はたから見ても蒸気したように赤い。心臓の鼓動がまるで外にまで漏れ出すかの如く早く脈動していた。

 アンがチラリとネコの方を見ると、二人共驚いた表情を浮かべていた。

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