アンメタモルフォーゼ

玄門 直磨

出会い

 一日の授業が終わり、恋愛高等学校の校門から下校するため多くの生徒たちがはき出されて行く。そこには、仲が良さげな二人組の女子生徒も混じっていた。

 艶のある金髪にキラキラと輝く碧色の瞳。目鼻立ちがくっきりとした小顔の女子生徒、古多杏音フルタアンは少し憂鬱だった。

 それは、隣を歩く親友である平山寧子ヒラヤマネコに彼氏が出来たことをつい先ほど知ったからだ。

 アンはネコの事が好きだった。引っ込み思案である自分を受け入れてくれ、自分とは正反対の性格をしているネコ。明るくてとても人当たりが良くて、でもハッキリと自分の意思を持っている。そんな彼女に友達以上の感情を覚えていた。

 そして二人は、ネコの彼氏がアンに男の子を紹介してくれるというので、待ち合わせ場所である駅前広場に向かって歩いていた。

「ねぇねぇ、アン。やわたんがアンに紹介してくれる男の子って、どんな感じなんだろうね。きっとやわたんが紹介してくれるから、良い人だと思うんだけど」

 やわたん。ネコに出来た彼氏のあだ名で、本名は八幡駿ヤワタシュンという。アン達と同じ高校に通っている生徒でとても派手な見た目をしている。髪の毛はピンク色でノリが軽いお調子者。何よりも女の子が大好きで、気になる子がいるとすぐに声をかけるナンパ師だ。その正反対の性格から、アンはやわたんの事が少し苦手だった。

「う、うん。でも、怖そうな人だったら嫌だな……」

「大丈夫だって、やわたんを信じよう。ね?」

「けど、私の事、好みじゃないって言われたらどうしよう」

「んもう、本当アンって自己評価低いよね。そもそもハーフだよ? それだけで十分アドバンテージだし、髪の毛もキレイな金色で瞳もキラキラな碧色で宝石みたいだし、なんたってそのスタイル。正直羨ましいぐらいなんだからね。だから、もっと自分に自信を持って」

「うん。ありがと……」

 ネコの裏表のない発言に、アンは頷いた。しかし、その表情は少し暗いものだった。なぜなら、彼女の金髪も、碧眼も、ニセモノだからだ。

 アンは確かに日本人とドイツ人のハーフだが、髪の毛も瞳も日本人のそれと同じだった。その事から、中学生の時にからかわれ、あまつさえイジメの様なものに遭い、性格も暗くおどおどしたものになってしまった。

 高校に入ってからは、そういった今までの自分と決別すべく、髪を脱色しカラーコンタクトを入れている。

 だが、中身まではそう簡単に変わる事はできず、自分に自信が無いのは相変わらずだった。

「とにかく、第一印象が大切だからね。自信もっていこ」

 ネコはそう言うと、アンの腕に自身の腕を絡ませた。

 その仕草に安堵したのか、アンは頬を緩ませた。

「頑張ってみるよ……」

 お互い彼氏が出来ては、ネコといる時間が減ってしまうのは確かだが、アン自身も異性の恋人が欲しいと思っていた。高身長でイケメンで、優しくて頼りがいのある人。アンの理想はとても高い。

 よし、と心に気合を入れると、頭の中でまだ見知らぬ相手との会話をシミュレートしながら目的地まで向かう事にした。


 駅前広場は、勉強を終えた学生や、仕事帰りのサラリーマンなどでごった返していた。だが、そこに異様に目立つ二人組の男が、誰かを待っているかのように立っていた。

 一人は見事なピンク色の髪の毛をした制服姿の少年で、その隣にはまた別の学校の制服を着た色黒の少年。ピンク髪の少年は軽薄そうな顔をしているのに対し、色黒の少年はとても真面目そうで、口をへの字に結んでいる。

 そこに、ネコとアンが近づいていく。

「や~わたん。お待たせぇ」

 ネコがアンに絡めていた腕をほどくと、その二人組に駆け寄った。

 そして、その声に反応したのはピンク髪をした少年だった。

「いやいや全然待ってないぜ。それに、ネコの為だったら何時間でも待てるぜ、俺は」

「んもう、やわたん優しい~」

「だろぉ? なんて言っても俺は、宇宙でいっちばんネコを愛しているからな」

 やわたんの愛の言葉にネコが体をクネクネとさせながら照れる仕草をする。アンはやわたんの発言を聞き、少しだけ肩を落とした。アンに対する愛情は人一倍持っていると思っていた。しかし、それは世界規模であり、宇宙規模のやわたんにはかなわない。

「ああ、アンちゃんもわざわざ来てくれてサンキューな」

 やわたんはアンを見ると、右手の親指をたてウィンクをした。

「う、うん……」

「そうそう、んで今日二人に紹介したいのがコイツ」

 アンの反応がイマイチな事を気にもかけず、立てたままの親指を隣に立っている高身長の色黒男子に向けた。

海堂洋カイドウヒロっていうんだけど、隣町の男子校に通ってるんだと。だから、寂しそうに一人で海にいる所を声をかけたのさ」

「おい、語弊があるぞその言い方」

「まぁまぁ、良いじゃないか、一人で居たのは事実なんだし。そんで、もうわかってると思うけどこっちが俺の彼女」

 そう言ってネコをグッと抱き寄せる。

「それでこっちの子が、彼女の親友のアンちゃん」

「あっ、よろしくどうぞ……」

 突然の紹介に思わずついて出た言葉がそれだった。そもそも会話が得意ではないアンにとって、初対面の男子と話すのはさらにハードルが高い。頭の中のシミュレートは、全く役に立たなかった。

「ん。どうも」

 アンの反応に対するヒロの言葉も素っ気ないものだった。だが、その言葉とは裏腹に、ヒロはじっとアンを見つめている。その視線を避けるかの様にアンはネコの方を見るが、ネコはやわたんと惚気あっていた。

「よっしゃ。んじゃあ全員集まった所で、海浜公園で夕日でも見にも行きますか」

「お〜〜」

 やわたんの提案に、ネコが右拳を突き上げ同意した。そして、そのまま二人でさっさと歩きだしてしまった。

 その場に残されるアンとヒロ。

「えっと、どうしよ……」

 オロオロしながらヒロを見ると、彼もまた困惑の表情を浮かべていた。二人はお互いに苦笑いを浮かべ肩をすくめあうと、ネコ達を追いかけるように歩き出した。

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