第47話 女子の家とか全然緊張しない

「私が泣き止む条件はただ一つ! 私のお願いを聞くことです!」

「もう泣き止んでるんだよなぁ……」


 ていうか最初から泣いてないんだよなぁ……。


「……。ううっ、ぐすっ……」

「分かった分かったお願い聞きます」

「……あんさ、城ケ崎チョロすぎじゃね……?」

「……何か言いがかり付けて泣いたら、私たちもお金とか貰えるんじゃないかな……?」

「おい、聞こえてるぞ」


 ひそひそ話って言うのはひそひそと話すもんだぞ。真横にいる相手にまかり通ると思うな。


「で? お願いってのは? お金と時間がかかるのはダメだぞ」


 ハンターハンターを全巻買ったので今はお金がなく、ノゲノラも見なければいけないので時間もない。……いつでも見れるんだよなぁ……。


「学校に運び込みたいものがあるので、今度私の家に来てもらってもいいですか?」




「ここか……」


 鈍く照らされる黒い屋根瓦に、月日をたっぷり吸いこんだ木造の家屋。

 ここが、オカルト部の生意気な後輩・本仮屋本加の自宅。

(あの本仮屋とはいえ)女子の家を訪れるのは初めてなので、少々の緊張を以って玄関に近づく。

 濁った灰色のブロック塀、土剥き出しの地面、雑草、それから石段。

 ……うーむ、何と言うか、こう…………家、大事に使ってますね!

 例えるならそうだなー……刃牙の家の落書きを全部消した後、アサルトライフルかなんかで軽く蜂の巣にした感じ。つまり、そういうことだぜ!

 曇ったガラスの引き戸の横、乾いたクリーム色をしたチャイムの、ざらついたボタンを押そうと手を伸ばし。


「ガラッ」

「……あっ! 城ケ崎先輩! こんちゃす!」

「あっああ、おう」

「やっぱりちゃんと来てくれたんですね。ま、こんな可愛い後輩の頼みなんて断れませんよね!」


 虚無の広がる胸をえっへんと張り、太陽よりも明るく笑う。


「ただの泣き落としなんだよなぁ……」


 実際には泣いていないので、もはやただの「落とし」である。……ちょっと待って。それって、俺が落とされちゃったってこと? 俺って本仮屋に落ちちゃったの?

 どうやら俺を陥落させたらしい本仮屋は、いたずらっぽい表情でふふんと笑う。


「それでも、私に頼られて内心嬉しい城ケ崎先輩なのでしたっ♪」

「そういうの共依存っていうんだぞ」


「『共依存』か『本物』か」は、俺ガイルの終盤のテーマだ。この前知ったけど陽乃さんは千葉大らしい。ヤバいですね!


「あっ、菓子折りはしっかり用意してますか?」

「俺ら菓子折りを持って親御さんを訪問する関係じゃないよね?」

「あらら、そうでした♪」


 俺の知らないところで俺が本仮屋と付き合ってたとかだったら、ホラー通り越してオカルトである。……俺がオカルトを信じるいいきっかけになるかもしれんな。

 まぁ、それはともかく。


「何か運ぶもんあんだろ? ちゃちゃっと済ませようぜ」

「そうですね、ちゃちゃっと行っちゃいましょう! 家の裏にあるのでついて来て下さい!」


 言って、本仮屋は家の裏へと歩いてゆく。

 が、すぐにぴたっと止まり、


「……先輩」


 少しくせっ毛の赤みがかった髪がふわっと揺れ、本仮屋は俺の方を振り返る。

 光を湛えた大きな瞳、あどけない口元、暖かな表情。

 その一瞬は、寂れた背景と陳腐な構図のはずなのに、ひどく芸術的で。


「……なっ何?」

「……次来るときは、そーゆー関係かもしれませんね♡」


 微笑みと共に出て来たのは、そんな言葉。

「菓子折りを持って親御さんを訪問する関係」……。


「……いっいや、もう、ホント、からかってるって分かってるから。言葉に心こもってないから。バレバレだから。からかうの下手過ぎるだから。高木さんの足元にも及ばないから。お前なんか高木さんの通常攻撃一発で吹き飛ぶから」

「はいはい、照れ隠しありがとうございます♪」

「……」


 ……やっぱコイツ、本仮屋かも。




「……コレェ?」

「はい、コレです」


 本仮屋の家の裏、古びた木製の倉庫の中に、何とかギリギリという感じで収まっている茶色い大きな木箱。

 かなり昔の物のようで、上面の端の方に赤い印鑑が押されており、その下には漢字か何かがふにゃふにゃっと書かれている。……昔の人の字は汚すぎて読めないッ! 資料館とかで見る昔の巻物とかも、何て書いてるか全然分からんし。もっと読めるように書け。字の汚さばっかりはハズキルーペじゃどうにもならん。


「学校までだな」

「ええ、お願いします」


 ……うわー重そうだなー……。世の中の大抵の個体は体積に質量が伴っている場合が多いので注意だ。この理論は、デブを一人連れて来れば簡単に証明できる(偏見)。

 人間の力で担げるのか微妙なラインだが、可愛い後輩の頼みなら聞いてやる他あるまい。


「しゃーねぇ、行くか」

「えっ、ちょ」

「ふんぬっ……! ……ダメか」

「いや、そりゃそうですよ」


 腕を広げて木箱を抱え、持ち上げようとするも、思った通り動かず。


「……いぃよいしょっ! 何だこれ重いな!」

「えええ!?」

 

『マクスウェル』で重力を軽減し、やっと持ち上がった。


「じゃ、学校向かうか。他に運ぶもんはないのか」

「……」

「オイ、どうした」

「……いや、あ、それ、担いで持って行くんですか?」

「え、違った?」

「……というかそれ、担いで大丈夫なんですか?」

「……ダメなの?」

「いっ、いちおう、台車、ありますけど」

「……何で先に言わない」


 お前のせいで、人間の限界を超えた仕事しちゃったぞ、俺。

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