閑話 俺もあんな青春したい
・春川遥の場合
春川と二人、部室へと続く廊下の途中。
「……いやいやそれは嘘だって!」
「ホント! ホントです! だって俺見ましたからね! お前は、パルムだと思って拾った物がクソデカゴキブリだったから気絶したの!」
「ぜーったい嘘! そんなの……って、ちょっと、ちょっと待って。ほら、あれ」
春川が声を潜めてちょいちょいと指さすのは、ちょうどオカルト部の前で見つめ合う、一組の男女。
「!?」
「ね? ちょっと、こっち!」
先程通過した曲がり角までひょいひょいっと戻り、そこから二人で顔を出して様子を観察する。
「何だあれ……ラブコメか?」
「……そうかも」
この世の全ての「邪」が集まる場所・オカルト部の前で、何やらすごい青春な雰囲気に包まれる男子生徒と女子生徒。どちらも知っている顔ではないが、女子の方はかなり可愛かったので瞬間的に殺意が
……そこ、言ってみれば魔王の部屋のドアの前だからね? 一回街に戻って装備整えてセーブしてから入る場所だからね? 決して青春ラブコメをするような場所ではないので、くれぐれも間違えないように。
そんなことを考えていると、オカルト部の前でラブコメを繰り広げる二人の体が、不意に近づく。
「じょ、城ケ崎……! あ、あれ……!」
「えええええ……!」
男子の方は少しかがみ、女子の方は少し背伸びをして。
二人の顔が近づき、触れる。
「……」「……」
「……先輩、歯が当たりました」
「ごっ、ごめん、あんま慣れてないからさ……」
「いえ、私もそうなので、気にしないで良いですよ。これから二人で上手くなればいいんです」
「!? そっ、それって……」
「ささ、きょ、今日はもう帰りましょう」
足早に去っていく女子生徒と、その後を慌てて追いかける男子生徒。
そして、俺達。
「…………」
口をぽかんと開けて、ただ呆然と見つめ合う。
目と鼻の先の綺麗な顔は、心なしか少し赤く見える。
「…………ねぇ、……アレヤバくなかった?」
「……ああ、すげーヤバかった」
「ね、ヤバいよね!? 青春じゃん! 超青春!」
「やべぇ、青春って初めて見たかも!」
覗き見の姿勢から身を起こし、青春の残滓がわずかに残る廊下を二人で再び歩いてゆく。
「ね、しかもさ、歯が当たったとか言ってなかった?」
「え、歯って当たるのかよ! ……てことはこう、口をちょっと開いてするってことなの?」
「いや、あの人たちも初めてみたいなこと言ってたっぽいけど」
「でもさ、歯が当たるってことは結構がっついてね?」
「……確かに。キスって、唇をくっつけるだけじゃなかったんだ……」
そんなところで、部室のドアが目の前に。……他の教室のドアと変わらないのに、これだけ何でこんなに禍々しいの?
「ガラッ」
中に見えたのは、いつもの場所に座る二人。
「あ、二人とも。こんにちは」
「こんちゃーす!」
優しげで透き通った声と、可愛らしく元気のいい声。
「うぃーす」
「っす!」
それに続くは、芯の通った美しい声と、俺の声。
いつものオカルト部だ。
「あんさ、二人とも知ってた? キスしたら歯が当たるんだよ! ね、城ケ崎?」
「あぁ、ホントだぞ。マジヤバかった」
「「…………………………え?」」
「「…………………………あ」」
・十日市藤花の場合
十日市と二人、部室へと続く廊下の途中。
「……へぇ~。あ、そういえば、城ケ崎君の誕生日っていつなの?」
「え? 何で?」
「誕生日プレゼントに、遥ちゃんの添い寝ASMRを作ってあげようかなと……」
「下さい、ぜひ下さい。……じゃなくて、もうその話忘れろっつったよな?」
「えぇ~? だって面白いんだもん。城ケ崎君はクールな彼女にお布団の中でなでなでされたいんだよね?」
「お願いです忘れてくださいお願いします……って、ちょ、おい、アレ……!」
「え?」
「ホラ、ちょ、こっちこっち」
先程通過した曲がり角までひょいひょいっと戻り、そこから二人で顔を出して様子を観察する。
「何あれ……心中?」
「お前にはアレが心中に見えるのか?」
そういえばこの子、「好きな映画は?」と聞かれたら「十三日の金曜日です!」って答えちゃう子なのよねぇ……。十日市はたまに思想が危険な時があるので、二人で歩んでいく人生が少し心配です。……俺がしっかり支えなきゃ。
そんなことを考えていると、オカルト部の前でラブコメを繰り広げる二人の体が、不意に近づく。
「え? あの、あ、あれ……」
「ええ……? うわ……!」
男子の方は少しかがみ、女子の方は少し背伸びをして。
二人の顔が近づき、触れる。
「……」「……」
「……先輩、歯が当たりました」
「ごっ、ごめん、あんま慣れてないからさ……」
「いえ、私もそうなので、気にしないで良いですよ。これから二人で上手くなればいいんです」
「!? そっ、それって……」
「ささ、きょ、今日はもう帰りましょう」
足早に去っていく女子生徒と、その後を慌てて追いかける男子生徒。
そして、俺達。
「………………」
「………………」
湯気が上がりそうなくらいに赤くなった顔がこちらを向き、桃色の綺麗な瞳と目が合い、その途端彼女はばっとそっぽを向く。
耳まで真っ赤にした十日市は、俺から顔を背けてぷるぷると震えている。
「………………」
「……な、なぁ……」
「……あっ、いや、あっ、その、もっも、もももももう行こっか! ね! ふっふた、ふたるさん、二人が待ってるしね!」
それだけ言って、鞄を掴んでしゃっと立ち上がった十日市は、俺を置いてそそくさと廊下を進んでゆく。……今、フタル酸(C₆H₄(COOH)₂)って言わなかった? 気のせい?
でもまぁ、こういう反応も、彼女らしいっちゃらしいか。
・本仮屋本加の場合
本仮屋と二人、部室へと続く廊下の途中。
「……なるほど……。あ、そういえば、今度ちょっと頼みたいことがあるんですけど」
「あ、俺その日髪切るんだわ。すまん」
「まだいつか言ってないし……。まったく、そんなこと言っていいんですか?」
「あ?」
「添い寝ASM……」
「分かりました何でもしますのでもうやめろ。イジるな、俺を。教室じゃ春川が隣でイジってくるから、俺がイジられない時間ってもう寝てる時ぐらいしかないんだよ」
「ふふっ。じゃあ、私が先輩のベッドにもぐり込んでぇ、お布団の中でもいじってあげますよ……♡」
「……是非」
「えっあっちょっ、それは…………真面目に言われたらキモいです」
「あっ、そうなのごめん……って、おい、あれ」
「何ですか?」
「いいから、ホラ、ちょっとこっち来い」
先程通過した曲がり角までひょいひょいっと戻り、そこから二人で顔を出して様子を観察する。
「何なんですかあの二匹の化け物……!」
「……どうやらあれは「青春」だな。人を嫉妬で狂い殺す恐ろしい化け物だ」
「何それ怖い……!」
「奴らに近づき過ぎるなよ、感染のリスクがある」
曲がり角に姿を隠しながら、「青春」特殊感染者の挙動を探る。
それはさながら、ゾンビだらけの街を慎重に進む主人公とそのヒロインのようで。
……ようなんだけど、その、何というか、ヒロインの胸元の体積が少し物足りないなと感じますね、ええ。……厳密には胸元の体積=0なので、物足りないどころじゃないですけどね。
そんなことを考えていると、オカルト部の前でラブコメを繰り広げる二人の体が、不意に近づく。
「え? あの、あ、あれ……」
「ええ……? うわ……!」
男子の方は少しかがみ、女子の方は少し背伸びをして。
二人の顔が近づき、触れる。
「……」「……」
「……先輩、歯が当たりました」
「ごっ、ごめん、あんま慣れてないからさ……」
「いえ、私もそうなので、気にしないで良いですよ。これから二人で上手くなればいいんです」
「!? そっ、それって……」
「ささ、きょ、今日はもう帰りましょう」
足早に去っていく女子生徒と、その後を慌てて追いかける男子生徒。
そして、俺達。
「…………」
「おわ~」といった表情で特殊感染者たちを見つめていた本仮屋は、急にくるっとこちらを向き、
「……先輩、私たちも……」
「クソッ、本仮屋が感染した! 何か手立てはないのか!?」
目を閉じてん~っと唇を近づけてくる本仮屋を押しとどめながら、即死型「青春」感染症への対抗策を模索すべく必死に頭を回転させる。
「青春」に抗う方法……「青春」を否定する方法…………ダメだッ! 俺は童貞だったッ! 童貞の一匹や二匹、「青春」の二文字の前には全くの無力ッ! 勝ち目はないッ!
「ッアッ!? ……ダメだ、俺も……」
頭の中を激痛が通った跡に、粘っこい霧がかかっていく感覚に襲われ、次第に意識が遠のいていく。
……もう無理だ。本仮屋、すまん……。
「ピピッ!」
と、背後から、けたたましいホイスッルの音。
驚いて振り返れば、そこには一人の女子生徒。
「風紀委員会です! そこの二人、来なさい!」
「なっ……!」
ふ、風紀委員会じゃねーか……!
風紀委員会、別名「ハレンチ警察」。
ピンクの腕章がトレードマーク。生徒会直属のれっきとした委員会であり、名の通り、校内の風紀を守ることを目的とした組織だ。
噂では、構成委員の約九割がいわゆる「青春アンチ」だとか、鼻につくリア充を「特別警戒対象」としてリストアップしているとか、リア充を取り締まるためなら風紀を乱すことも
……ていうかこの学校、風紀委員会とかまだあるのかよ。昭和の遺産だろそんなの。
おさげの風紀委員は、俺達(主に俺)を鋭い目で睨みながら、尚も続ける。
「校内での接吻は禁止されています! よって、一年女子一名と、「特別警戒対象」・城ケ崎譲を現行犯逮捕……ってあれ!? え!? ええっ!? ……とっ、とっ、「特別警戒対象」がっ! 「特別警戒対象」が、消えた!」
曲がり角の陰から、ギャイギャイと慌てる風紀員とぽかんとしている本仮屋の様子を見守る。
……『dominophobia』――半径五メートルの全てを止め、そして脱出した。
ていうか俺、「特別警戒対象」だったのかよ……。
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