第46話 AAカップはほぼゼロに近い
月明かりと電灯が照らす、いつもの帰り道。
隣の美少女たちは、こっくりさん(DX)から聞き出した俺の「プライバシーに関わる情報」をネタにしてしきりに盛り上がっているようで。
宵闇よりも黒く、夜風よりも冷たい感情を抱えながら、俺はただひたすら無言で歩き続ける。
「……い、いやもう、寝る前に聞くのが「添い寝シチュエーションのASMR」? あっはははははは!」
「は、遥ちゃん、笑い過ぎだってゅふふふっ! ははははっ!」
「聞きながら、お布団ぎゅーって! ぎゅーってするんだって! お腹痛いお腹痛い!」
「かっ、可愛いぃー! あはははははははは!」
……コイツらマジで。
今日も春川を自宅へと無事送り届け、十日市と二人、薄暗い街中を歩く。
「今日はごめんね? 何かこう、面白くてさ」
「……」
不服の意を込めて無言で睨みつけるも、十日市はそれを鮮やかな微笑で以って返す。
「だってさ、城ケ崎君、可愛すぎるんだもん……ふふふっ♪」
「……そーですか」
……やっぱり十日市って可愛すぎるだろ。
「城ケ崎君さ、今日はあんまり「都市伝説いない」とか言ってなかったね」
「まぁ、こっくりさんは神らしいからな」
「ああ、神様は信じてるんだっけ。しかもDXだもんね」
お前にとってのDXって一体何なの? 最強の概念なの?
十日市は、墨を流したような夜の空をすっと見上げ、また俺の方へ向き直って言う。
「……そういえば私、一個だけ聞きたいことがあったんだけど、結局聞きそびれちゃったんだった。……そうだ! 代わりに城ケ崎君に聞いて貰っていい?」
「添い……あのASMRのことなら答えないぞ」
「違うから安心して。(フフッ)」
……今ちょっと思い出して笑ったよな。聞き逃さんぞ。
「私が聞きたいことっていうのはね、この前のトンネルに行った日の話なんだけどさ」
「ほう」
その日は……まぁ、世界規模で色々あった日だし、俺がその全てを引き起こした日だ。「世界中の車が止まった」だの「世界中が停電した」だの、俺の想像以上に色々あったらしい。聞いていると正体不明の責任に押しつぶされそうになるので、そういった話はなるべく耳に入れないようにしている。
「信じてもらえないとは思うけど……城ケ崎君は特に」
「そんなことない。オカルト以外なら普通に信じる」
「うーん……じゃあどうかな……」
「まぁ、とりあえず話してみ」
「うん。……その日ね、山の麓のカフェで城ケ崎君と遥ちゃんを待ってたんだけど、その時さ、その時」
「お、おう」
「……突然、世界が紫色になったの」
「…………は!?」
今、なんて!?
「何言ってるのって感じだけど、もう、一面が紫なんだよ。空も、周りも、地面も、見える限り全部」
「……!」
「目の前に座ってる本加ちゃんも、本加ちゃんが飲んでるトールアイスライトアイスエクストラミルクラテも、全部紫」
「名前長っ……じゃなくて、そ、それ本当か!?」
いつになく真剣な目つきの十日市は、無言でこくりと頷く。
「……」
……は? ……は!?
……いやおかしい。いやいやいやいや。これは絶対におかしい。おかしいよ!
あの時、「世界」は止まっていた。俺が止めたのだ。あの瞬間、「世界」という大きな括りに含まれるものは全て、運動エネルギーを奪われて静止していたはず。
生き物はおろか、この「世界」に存在してる物体は、『dominophobia』の支配から逃れられるワケがない。
あの世界を知覚できるのは俺だけで、あの世界で動けるのは俺だけ。
あの世界を見るのは俺だけで、あの世界で生きているのは俺だけだ。
……なのに。
……なのにこの、十日市藤花は?
「………………し、し、信じない」
「ほらやっぱりもうー!」
ずっと下を向いていて凝り固まった首をぐるんと回す。
こきこきと気持ち良い音の中、「ゴッ」という重い音が混ざったかと思うと、突然後頭部に鈍痛を覚えた。
「ってえ! 誰だよ俺の後ろに鉄板置いた奴!」
「……私の胸ですけど」
……やっべぇ。本仮屋だった。
「え、あ、へぇ、そう」
灰色の微笑を浮かべた本仮屋は、仄暗い目で俺の顔を覗き込んでくる。
「……ねぇ先輩、今の何ですか? 私の胸の小ささをバカにしてるんですか? 何の柔らかみも感じられない胸だって言いたいんですか?」
「いや、そんなことは……」
「城ケ崎、本仮屋に謝れよ」
ええ!? 何で!? 俺!? オレェ!?
チクショウ、春川だけはこっち側(常識が残っている側)だと思ってたのに……。
春川の真剣な眼差しに睨み返していると、本仮屋が地面にしゃがみ、顔を覆って下手な嗚咽交じりにこんなことを。
「ううぅ……。城ケ崎先輩にいじめられたぁ……。「胸の無い女は価値が無い」って言われたぁ……」
「あのね俺、そこまで言ってないよ?」
まぁ、あった方がいいとは思いますけど。でも心配しないで! 小さいのも需要はある(と思う)から!
「城ケ崎君! いくら何でも言い過ぎだよ!」
「俺言ってないって言ってるよね?」
「本加ちゃんだって気にしてるんだから! 限りなくゼロに近いAAカップってこと気にしてるんだから!」
「おい、トドメを刺すな。本当に泣いちゃうだろ」
「……う、うぅっ……うわあああああん!!」
……ガチで泣き出したかもしれん。
「ちょ、オイ、城ケ崎!」
「今の俺なの!?」
「城ケ崎君!」
「いや、十日市さん!」
あなたでしょ、あなた! よく考えたら、本仮屋を一番傷つけてるのはあなたなんですからね!
そういえばこの前、「本仮屋は余りにもぺったんこ過ぎてパッドを入れると逆に不自然になる」ってあなたの口から聞きましたよ!
「うっ、うっ、うううぅっ……! じょ、じょうがざきぜんばい……!」
「え、あ、ごきげんよう」
「ぜんばいのぜいです……!」
あ、俺が悪いのって、公式公認なのね。
「いや、まぁ、悪かった(十日市が)。すまん(十日市が)」
「……うあああああ……! うっ、ううぅううっ……!」
「(十日市の)発言及び行動が軽率だった。(代わりに)謝罪する。だから、泣き止んでくれ」
「ううっ……ぐすっ、ぐすっ。……ぜんばい」
「なん(で俺が謝ってん)だ(よ)?」
「……私が泣き止む方法、知りたいですか」
顔を覆う手の隙間から、本仮屋の目がきゅぴーんと輝いたのが見えた。
「……今の一言で嘘泣きって分かったから別にいいわ」
「ちょ! せ、せぇーんぱい!!」
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