第45話 すすす好きな人とかいない

「ねぇ、春川先輩! 城ケ崎先輩の恥ずかしい秘密聞き出してください!」


 本仮屋は隣にいる春川のカーディガンをぐいぐい掴んで駄々をこねる。


「ちょちょ、自分で聞けばいいじゃん」

「そんな! 城ケ崎先輩に何されるか分かんないじゃないですか!」

「あっ、あたしならいいワケ!?」


 いや、お前が春川をけしかけたの、俺見てるからな。春川が聞いたとしても何かされるのはお前だからな。何もしないけど。


「お願いしますよ! 城ケ崎先輩のセクハラ担当は春川先輩じゃないですか!」

「そんなん担当してねーよ!」

「心配しないで遥ちゃん、DXだから多分大丈夫だよ」


 十日市のDXな理屈はちょっと分かんないが、セクハラ担当というのは存じ上げない。……ただ、「俺のセクハラを黙認してくれる係」という、お色気漫画のヒロインみたいな「セクハラ担当」が存在するのでしたら、ええ、欲しいとは思いますね。でも、今の世の中にもっと必要なのは「セクハラ被害相談窓口係」ですけどね。


「お願いします! お願いします! えっ、ちょ、そこを何とか!」

「遥ちゃんお願い! 私も聞きたい!」

「まだ断ってないし聞きたがるなし……。……じゃあ、こっくりさんこっくりさん」

「『な ー に ー ?』」

「……あの、じょっ、じょじょじょ、じょっ城ケ崎の、すすっ好きな人って、いっますか……?」


 !?

 好きな人!?


「えっあっいやちょべべべべつにいないけど?」

「『い る よ !』」


 ……。

 心なしか、五百円玉が笑っているように感じる。


「じょ、城ケ崎君、好きな人いるの!?」

「いやいやどうせアニメの美少女ですよ。あの、けるびんとかいう」


 それは「めぐみん」な。ケルビンは絶対温度や熱力学第二法則に関わったすごい科学者のことだぞ。けるびん可愛いよけるびん!

 けるびんは推せるとして、俺は今、実はかなりの窮地にいるらしい。


「こっくりさん、それ、……だ、誰ですか?」

「『そ れ は ね ー』」


 え、マジで? マジで知ってるの? いやそういうのやめてよ言わないでよ? プライバシー保護法が黙っちゃいないよ? えっちょっマジかよおい聞いてないよぉやっべコレやっべ!

 何としてでも、このゲロヤバい窮地に抵抗を!


「……あれぇ? 動かないですね」

「ホントだ、微動だにしない」

「うーん、DXなのにおかしいな」


 ……『マクスウェル』。五百円玉の重力と摩擦を増やした。

 今この五百円玉は、ゴムの床の上に置かれた分厚い金属板と同じ。たった人差し指四本分の力で動くワケがない。

 とりあえず、DXに対する十日市の信頼が厚すぎるところで。


「これはきっと無回答ということですね。では次の質問行きましょう!」

「……城ケ崎何で敬語?」

「ちょちょ、おかしいですよ! こんなの認められません! 城ケ崎先輩が絶対何かしました! それしか考えられません!」

「ちょっ、そんなぁワケないじゃないですかぁ~! やめてくださいよおぉもお!」

「ホラ、このバカっぽくすっとぼける感じ! 絶対やってます! こうなったらもう……!」


 こうなったらしい本仮屋は、強い眼差しで春川と十日市を交互に見て。


「……十日市先輩、春川先輩! 私に協力してください! 女三人で、このペテン野郎をボコボコにしてやりましょう!」


 ちょっと君、口悪くない? 俺さ、一応君の先輩だよ? 先輩だよ?


「え? あたしたちが?」

「城ケ崎君をボコボコに?」

「そうです! 積もり積もった日々の恨みを、今! 晴らすのです!」

「ええ~……?」

「う、恨みって言われても……」

「……春川先輩」

「あ、は、はいっ」

「……毎日のように受ける、執拗なセクハラ。嫌だな、気持ち悪いなって思ったことはありませんか?」

「いや、キモいとは思うけどさ……」

「やりかえしたくありませんか?」

「……!」


 いや、「……!」じゃねぇよ。やりかえしたくなるな。


「……十日市先輩」

「は、はい」

「自分が好きなことを否定された気持ち、本当に辛かったんじゃありませんか?」

「……それはまぁ、城ケ崎君は迷信深い人だししょうがないよ」

「……それは、そうですね」


 柔らかな笑顔で答える十日市と、しぶしぶ納得する本仮屋。

 ……君たち、科学のことを「迷信」って思ってたの? それって生きていくうえで大丈夫なの?


「じゃっじゃあ、……この前、自分が貸してあげた妖怪の本を大爆笑しながら読まれたの、悔しいと思いませんか?」

「それも含めて城ケ崎君だしね」


 ……何という包容力。結婚したい。

 とにかく、オカルト色のブーメランが頭にブッ刺さっている彼女ら。そのうち、何もかも(胸も)小さい方があっと何かに気付き、秘密めかしてこしょこしょと言う。 


「……でもこれ、「DX」、ですよね?」

「あっ……!」


 ちょっと待て。「あっ……!」って何だよ。今何が通じたんだよ。DXだから何だよ。DXという言葉の何が十日市の心を動かしたんだよ。……もうヤだよこいつら、ツッコみきれねぇよ。


「……私には、恨みがある。私たちには、恨みがある!」

「「恨みがある!」」


 復唱するな。三つの矛先を俺に向けるな。……あと、本仮屋は他の二人ほど俺に恨みないだろ。

 ……今気づいたけど、もしやコレマズいのでは?


「な、なぁお前ら、一回落ち着けって。言うほど恨みとかないだろ」

「あたしはこの前英語の宿題で「get me off」って書いたら、「それは「イかせて」っていう意味だよ」って教えられた! セクハラだ!」

「こじつけだ!」

「私はこの前、部室の棚を勝手にいじくり回された。どこに何があるのか分かんなくなった」

「俺が片付けたの! お前らが整理整頓しないから!」

「私はこの前、…………っと、えー…………まぁ、ああ、そうですね、何かされました! すっごく傷ついた!」

「ねーじゃねーか!」

「と、とにかく! 我ら女三人、この憎らしい詐欺師に復讐を!」

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