第6話 何この後輩可愛い

 昼休み。

 生徒に与えられた自由時間の中で最も長い、主に昼食を摂るための休み時間。

 学校横断パン競争レースに参加したり、お弁当を広げて友達と他愛もない会話をしたり、グラウンドでサッカーやテニスを楽しんだりと、その過ごし方は人それぞれである。

 かくいう俺も、今しがたSBR:School Bread Runを終えたばかりだった。とても過酷なレースだったが、何とかパンは確保できた。

 パンが入ったマイバッグをぷらぷらと揺らしながら、教室までの廊下を歩く。

 すると突然、後ろから声をかけられた。


「すいませーん!」


 無邪気な子供のような、底抜けに元気で明るい声。

 ちょっと見回してみるが、周りに誰もいないようだ。

 とすると、呼ばれているのは俺?

 ……や、違うわ。周りに誰もいないし、声がまっすぐ俺に飛んできてる気もするけど、多分俺じゃない。


「すいませーん! 呼んでるんですけどー?」


 見ず知らずの他人からの頼み事・呼び出しの類は大抵ロクなことがない。面倒ごとを押し付けられたり、何かの勧誘だったり、はたまたカツアゲされたり。

 たとえ声が可愛くても、知らない声からの呼びかけには応じない。


「ちょ、ちょっと!」


 後方からぱたぱたと足音がする。

 その足音はだんだんと近づいて来て、ついに俺の横に並んだ。


「なんで無視するんですか! 呼んでるのに!」


 俺の右隣に駆け寄ってきたのは、ちっちゃな女の子だった。

 当然ながらセーラー服は着ているが、ともすれば小学生に間違えられてしまいそうなほど、小さい。

 俺が足を止めると、その女の子も止まった。


「えと、あの……誰ですか?」


 若干赤みがかったボブカット。無邪気にこちらを見つめる、丸っこい目。小さな口に、小さな鼻。

 ちょっとぶかぶかの制服に身を包んだ彼女は、俺を見上げるようにして言った。


「私は、オカルト部の本仮屋もとかりやと申します。……城ケ崎先輩、ですよね?」


 二年生の俺を先輩って呼ぶってことは、一年生か。

 そうです、私が城ケ崎です……って、オカルト部?


「そうですけど……お、オカルト部?」

「はい。今日はそれについて、お話があるんです」


 オカルト部からのお話……。

 何この、絵に描いたような怪しい勧誘。


「いやぁーっ、今日はちょっとアレがね……。アレで、アレなんで……」


 特に理由も思いつかなかったが、ハイコンテクスト文化の日本人ならこれで適当に解釈してくれるだろう。マジ日本人優秀。


「聞きましたよ! 先輩って、トラックに轢かれたんですよね?」


 ……おや? 話聞いてない?

 本仮屋は精一杯背伸びをして、目をキラッキラさせて話し続ける。


「それで、丸一日意識が戻らなかったとか……! そんなこと普通はあり得ないですよね! ですからですから、先輩や先輩の先祖と過去に因縁がある場所だったり、霊的な存在の仕業だったり、あるいは……」

「ちょっと待った。さっきからナニ言ってんだ」


 何、妖怪の仕業って言った? そうなのね?


「ああっと、私としたことがつい興奮して……。とにかくその取材に協力して欲しくて、たまたま見かけたから声をかけさせてもらったのですが……」


 本仮屋は何かをためらうように俯き、少しだけもじもじしたそぶりを見せ、そして、恐る恐る顔を上げた。


「……ッ!」

「駄目、ですか……?」


 刹那、俺の思考は停止する。

 精密機械が磁気にあてられて不具合を起こすように、俺の脳は、とんでもない破壊力の上目遣いによって固まってしまった。


「……」

「先輩……?」


 脳の処理が現実に追いついて、やっと声が出る。


「……んべっ、別に、まぁ、いいんですけど」


 何とか捻りだした言葉はちゃんと伝わったようで、彼女の顔がぱっと華やいだ。

 白い歯を見せてにぃっと笑う、無邪気で可愛らしい笑顔。


「やったぁ! じゃあ、今日の放課後、A棟の三階に来て下さーい!」


 そう言って、彼女はどこかへと駆けていった。

 ……んだよあれ! ズルい! 卑怯だ!

 上目遣いとか聞いてねぇよ! 何だよ意味分かんねぇよ!

 頭の中に、その一瞬がこびりついて離れない。


「放課後……」


 ……いや、違う。

 顔に騙されたわけじゃない。

 そういうのは期待してないし、「放課後、教室で後輩と二人きり。何も起きないはずがなく……」なんてのはもっと期待してない。

 は? 上目遣い? 何それおいしいの? 魚の目は栄養素が豊富だって言うから、多分おいしいんだろう。

 ……そう、俺はだな、単純に本仮屋の知的好奇心・探求心に感動したから「行く」と言ったんだ!

 断じて、本仮屋という一年生が「可愛かったから」じゃない!




 放課後。

 気づくと、俺はA棟の三階に立っていた。

 もう一度言わせて貰おう。

 顔に釣られてない。期待してない。「可愛かったから」じゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る