第7話 このオカルト部は絶対に怪しい

「あっ! 来てくれたんですね!」


 右の廊下の方から、底抜けに明るい声がした。

 見れば、本仮屋が満開の花のようなにこぱーっとした笑顔でこちらに手を振っている。


「オカルト部はこっちです! ささ、こちらへこちらへ!」


 何だか釣られた魚のような気分だが、俺は決して釣られたわけじゃない。

 美少女という餌に喰いついて、三階まで来たわけじゃない。

 べっ、別にあんたのために来たワケじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 そんなことを考えつつも、俺は黙って本仮屋について行く。

 すると、本仮屋は一つのドアの前で立ち止まった。

 表札には、「オカルト部」の文字。

 お、オカルト部……。名前の胡散臭さが既にヤバい。

 心なしか、ドアの隙間からアニメとかでよく見る紫色のゆらゆらした煙みたいなのが漏れてきてる気がする。ふぇぇ……絶対中にボスモンスターいるよぉぉ……。


「さ、入って入って!」


 ドアの前で立ち尽くす俺の背中を、本仮屋がぽんぽんと叩いて急かしてくる。

 何だよ可愛いなお前!


「わ、分かってんよ……」


 ドアに手を掛け、ガラガラっと開ける。

 そこは、教室を半分に切ったくらいの、何とも小ぢんまりとした空間だった。

 左右の壁には俺の背丈くらいの高さの大きめな木製の棚があって、右の棚には段ボールや木箱がぎちぎちに収納されている。左の方の棚には、ファイルやら書類やら本やらがずらりと並んでいた。

 部屋の奥には大きめの窓が見え、コンクリート色の街や緑の山々、透かした水色の空が、ちっちゃい風景画のように壁に収まっていた。

 そして、部屋の中央にはいくつかの机が固まって置かれている。

 ――そこに、一人の女子生徒が座っていた。

 長く、艶のある髪。文庫本を繰る手は、細く、白く、美しい。

 長い髪に隠れて、すっとした鼻先だけが見える。

 ……その人に、俺は見覚えがあった。


「あっ」


 俺の声にぴくりと反応して、彼女がこちらを振り向く。

 艶やかな長髪がふわっと揺れて、彼女の顔が見える。


「……!」


 目が合った瞬間、俺の心臓は胸を突き破って外に飛び出そうなほど激しく動いた。

 ――可愛い。

 世間で脚光を浴びる人気女優よりも、グループのセンターを飾るアイドルよりも、はたまた画面の中の美少女よりも。

 今まで会ったどんな女子よりも、可愛い。

 こんな人には、初めて出会った。

 

「ああっ!?」


 俺を見て、彼女もまた声を上げた。

 ぱっと舞った黒髪が、窓の外の青空に映える。

 胸の奥で、鼓動を感じる。


「え、お知り合いですか?」


 彼女は、ちょうど今日の朝、横断歩道で会ったあの人。

 轢かれそうになっていたところを、俺が助けたんだ。

 そして、胸が当たって……。


「あの、これは……」


 彼女は、もじもじして下を向く。

 俺の方も、彼女の方を直視することは出来ず、明後日の方向を向いて話す。

 どうにも彼女の目を見るのが気恥ずかしく、鼓動がさらに強く、早くなるのを感じた。


「いやっ、ああ、どうも」


 口から出た言葉もまとまらず、体中の熱が上に上がっていくような心地がする。

 今はどんなことも考えられない。

 すると、本仮屋が俺の後ろからひょっこり出てきて、目の前の彼女に近づく。


十日市とうかいち先輩、この人のこと知ってるんですか?」


 十日市、っていうのか……。


「いや、この人はね、何ていうか……」

「ちょっとちょっと、何ですかその言い方は。……ッ!? もしかして!?」

「違う違う! そんなんじゃないの!」


 十日市とかいう女子生徒は、ぱたぱたと両手を振って必死に否定する。

 その仕草一つ一つも、見事な絵になっている。


「いやー先輩、顔真っ赤にしてそれはもう言い逃れできませんよ! もう、私には教えてくれたっていいじゃないですかぁ!」

「だから違うって! なに勘違いしてるの!」


 本仮屋は、十日市の赤く染まった頬をつっつきまくる。


「お、おい、本当にそうじゃない。そそその人は、朝たまたま会っただけなんだ」

「ええぇ~? でも、十日市先輩ってそもそも男の人と話したりしなくないですかぁ~?」


 そーなの!?

 こんな人が!? 男と喋らない!?


「え、じゃあ、何があったんですか?」

「こ、この人が、車に轢かれそうになってたところを助けてくれてね。車はすぐに止まったんだけど……」


 止まったじゃなく、俺が止めたんだけどな。こう、ギュッと。

 ……何にせよ、生きててよかった。


「ええぇ!? こんなぼーっとした顔の人が!? 先輩のヒーロー!?」


 本仮屋さん、君、思ったよりずばずば斬ってくるんですね。何、ディノバルドなの?

 あと、ヒーローとか軽々しく言うな。こんな人のヒーローになんてなれたらもう死んでもいいって思っちゃうだろうが。


「ちょ、ちょっと、その人に失礼でしょ。……で、その人は?」

「ああっと、紹介が遅れました、二年八組十六番、城ケ崎譲さんでーす!」

「城ケ崎、さん……?」

「理系・物理選択。現在部活には所属しておらず、好物はオムライス。好きな漫画は埼玉喰種で、女性のタイプは……」

「おい待て、滅茶苦茶調べてんじゃねぇか。そんな情報どこで手に入れた」

「お友達を強請ったら普通に吐いてくれましたよ」


 強請るとか吐くとか言うな。お前裏社会の人間かよ。


「とまぁ彼はそんな感じで、私がオカルト部の取材を依頼して連れてきたんです」

「……なんの取材?」

「実は彼、先日トラックに轢かれて、丸一日意識を失ってたんですよ。これは、土地の因縁や霊的存在の干渉が……」

「ええっ!?」


 突然、十日市が勢いよく立ち上がった。

 先程まで優しげな愁いを湛えていた目が、ぱっちりと開かれている。


「そっ、それは、取材の価値がありそう! 本加ちゃん、ナイス!」

「ですよねですよね!」


 えっ?

 

「じゃあ城ケ崎君、さっそくその机に座ってくれる!?」


 十日市がさっと近づいて来て、ずいっと顔を近づけてくる。

 余りの近さに、俺は思わず後ずさった。

 ちょっとちょっと! え!?

 おいおい近い近い! 近いよ! 顔ちっちゃいな!

 さっきまで落ち着いてたのに、なんでそんな!?

 なんでそんな、ふんすしてんの!?


「あ、申し遅れました、私、オカルト部の十日市藤花といいます。よろしくね」

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