第8話 幽霊も妖怪もいない

 部屋の中央の机に案内され、俺は一つの椅子に腰かける。

 本仮屋と十日市の二人は、俺と向かい合うように机を並べて座った。


「さて、取材を始めましょうか!」


 かくして、オカルト部による取材が始まった。 

 本仮屋は、遊園地に親を引っ張る子供のようなワクワクした表情を湛えている。それにしても無邪気すぎんだろ。邪な存在とかエネルギーとか絶対近寄れないくらい無邪気。オカルト部向いてないと思う。

 十日市に至っては、目がガチである。まるで、食い入って授業を聞くかのように真剣な――ってそれ、何のノート? 今出したの、何のノート?


「城ケ崎君。私も二年だから、普通の喋り方で良いよ」


 十日市は筆箱からさっとペンを取り出し、ノートを開いて書く準備をした。……まさかそれ、オカルトの研究用のノートかなんかじゃないですよね?

 しっかしこの人、オカルト部だったのか……。


「じゃあまず、意識を失っていたのはどれくらいですか?」

「医者は丸一日って言ってたけど、正確には分からない」


 やめろ、書くな書くな。十日市さん、早速カリカリやってんじゃないよ。今書くとこなかったろ。


「事故の前に、何か不審な出来事はありましたか?」

「いや、なんもなかった」

「カリカリカリ……」

「事故に遭った場所は、よく通るところですか?」

「通学路だから、毎日通るな」

「カリカリカリ……」

「では、意識を失っている間、何かありましたか?」

「!」


 ……あった。

 とんでもないことがあった。

 今も、あれが本当に起こったことなのかは分からない。

 だが、俺はその力で、今目の前にいるこの女の子を助けたのだ。

 確たる証拠は、彼女が生きていること。

 ……でもこれ、言っちゃっていいのか?

 言ったとして、果たして信じてもらえるのか?


「どうしましたか?」


 でも、オカルト部だから大丈夫かな……。

 普段から幽霊心霊妖怪都市伝説の類にどっぷり浸かってるような人たちなら、あるいは信じてもらえるだろうか。

 ……いや、「特殊能力」と「オカルト」はベクトルが少し違う気がする。

 幽霊や妖怪は、「オカルト」では崇拝や恐怖の対象となるが、「特殊能力」では人間と契約や友好関係を結んだり、あるいは正面切って戦ったり、あまつさえボコボコにされる。

 もし俺が、

「神様が俺にくれたンだ……。俺の能力は『マクスウェル』。物理法則を書き換えるッ!!」

 と言ったとして、「先輩、中二病きついっすよ……」とか引き気味に言われたり、「城ケ崎君……」とか憐れみと蔑みが半々の目で見られたら、俺は窓を開けて身を投げ出してしまうかもしれない。


「……なかった。なんもなかった」

「そうですか……」


 本仮屋はあからさまにしょぼ~んとなり、十日市はがっくりと肩を落とした。

 いや、普通無いからね? だって意識がないんだから、なんかあるわけないだろ。


「では、あなたは神を信じますか?」


 え、急に何その質問。宗教勧誘? やっぱりそういう目的だったの?

 ……でも俺、この目で見ちゃったからなぁ……。胸、でかかったの見ちゃったからなぁ……。


「まぁ、はい」

「……」


 いや、これは書かないのかよ! 十日市さん、俺のどうしようもない情報をノートに集めてどうすんだよ!


「そしたら、幽霊は信じますか?」


 幽霊、か。

 未練や遺恨がある死者の魂が現世に残り、生前の姿で可視化されたものだとか、怨恨にもとづく復讐や執着のために成仏できないでいるとか、詳しくは知らない。おそらく目の前の二人の方が俺なんかよりも格段に詳しいだろう。

 ……だが、これに関しては、俺は一つだけはっきりと言えることがある。


「いない」

「……え?」


 十日市は口をぽかんと開け、本仮屋は口元は笑っているが目は笑っていない「は?ww」みたいな表情のまま固まる。


「いや、いないだろ。仮にいたとして、そいつらはどんなエネルギーで動いてんだよ?」

「そっ、それは……」


 二人が言葉に詰まる。

 ティーンエージャーにもなってまだ幽霊だの心霊だの言ってるような奴は、科学という真実を突き付けて早めに軌道修正した方がいい。


「……人の目に見えて、何らかの行動を起こすならば、そこに必ず熱エネルギーが発生する」

「ちょっと待ってください、熱エネルギー?」


 俺は考えたことがある。きっと誰もが一度は考えたことがあるだろう。

 幽霊は果たして存在するのか、と。

 それを確かめるために、ネットの記事や本を読んだり、自分なりに考えてみたりもした。

 しかし、出た結論はNO。

 どんなことがあっても、どんな条件で考えても、「いない」。

 奴らは、物理法則の全てに矛盾する存在だ。


「そうしたら、幽霊はエントロピー増大則にしたがって拡散していってしまう。だから、幽霊は存在しない」

「城ケ崎君、さっきから何言ってるの?」


 十日市は、なぜか心配そうな目で見てくる。

 心配するならお前らオカルト部の方だ。


「じゃっじゃあ、妖怪は? 妖怪は信じますか?」


 妖怪。

 人間の理解を超える奇怪で異常な現象、あるいはそれらを起こす不可思議かつ不可解な力を持つ非日常的・非科学的な存在。特に日本では、その類のものが古来より多く伝えられている。

 しかし。しかしだ。


「いない」

「……は?」


 二人が、真顔でこちらを見る。

 いや怖っ! 目が怖いよ目が!


「……あっ、あのな、妖怪はアニミズムに基づく……」

「は?」


 声ひっく! 怖っ! 本仮屋さん、さっきまで子供みたいな無邪気で可愛い声でしたよね!? 今ピアノの一番左端の音出てたよ!?


「あ、あと、目撃情報なんかは大抵見間違えだったり、なんかの動物の突然変異種で……」

「え?」


 十日市が、柔らかな微笑を浮かべて言った。

 怖い! 笑顔が怖い! その笑顔、冷たいんだよ!


「……だから、いない」

「……本気で言ってます?」


 やべぇ、本仮屋の目がガチだ。

 たぶん、「先輩、ぶち〇しますよ☆」って言ってる。言ってなくても、そう聞こえる。


「……城ケ崎君。まだ分かんないものを真っ向から否定してかかるのは、間違ってると思う」


 十日市の口調には、いくらか強い感情がこもっていた。

 その濡れた瞳にも、奥底に決して弱くない意志が感じられる。



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